Iさん（29歳）が同僚に転職の話をしようとすると、彼も転職の予定だという。しかも…。

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医療機器メーカーA社勤務のIさん（30歳）は、月末の飲み会に行くとき「よし、今夜こそアイツに話をしよう」と決意を固めた。

Iさんは2週間前に大手メディカル企業B社から内定をもらい、退職交渉を進めて数日前に退職日が決まったばかりだった。Iさんが言う「アイツ」とは、A社で、研修期間以外、ずっと同じ職場で働いてきたNさんのこと。学生時代からの腐れ縁で、自他共に認めるライバル的存在だった。

Nさんと離れるのに多少の寂しさも感じないではなかったが、正直なところ8年以上も一緒だったので、もう机を並べて働くのは十分だろうという気持ちも強かった。B社への転職はキャリア的にはステップアップ、ライバルに少し差をつけたという優越感もあった。

打ち上げ会の後半、Nさんが一人きりになったタイミングを見計らって、Iさんはさりげなく隣の席についた。「よう」と声を掛け、話を切り出そうとしたところ、思いがけない不意打ちをくらうことになった。

「お、いいところに来た。まだ、部長以外には誰にも話していないんだが、お前には先に伝えておこうと思ってな。実は俺、転職することになったんだよ」
「て、転職？どこの会社に？」
「それは会社にも言ってないんだが、お前に秘密にしても仕方ないか。B社だよ」
そう言って自慢げにビールを飲み干すNさんの横で、Iさんは頭を抱えていた。よりによって、またコイツと一緒とは。しかも、聞けば、同じ転職エージェントを使っている（担当者も同じ）ではないか。

その夜遅く、Iさんは酔いに任せて、我々の伝言メッセージを残していた。
「どうしてNのこと、一言も教えてくれなかったんですか。別に仲が悪いわけじゃないんですよ。ないですけどね、せっかく新天地で心機一転、頑張ろうと気分を高めていたのに、これじゃあ出鼻をくじかれたみたいで、もう…」
転職の情報を他人に漏らすことなど許されないことは、Iさんが冷静になればすぐに気がついたはずだ。まして、同じ会社の人に話すなど言語道断である。だが、このときのIさんは、そんなことも忘れてしまう程、動転していたのである。

1カ月後、B社に転職した二人は同じ部署の隣同士の席に…。
「転職したばかりだと、何かと不安でしょう？知っている人が傍にいると何かと心強いと思ったんです」
「はぁ…、ありがとうございます…」
入社していきなり人事の厚意をむげにすることも出来ず、IさんとNさんは不承不承、慣れ親しんだ顔をみながら、新しい会社で働くことに…。二人の気持ちが、少しばかり晴れたのはちょうど1カ月後のことだった。

同じ部署に、またA社からの転職者があったのだ。Oさん（26歳）は今年の4月に別の支社に異動になるまで、ずっとIさんNさんの下で働いてきた後輩だった。Oさんは、A社時代とはまるで違う髪型で二人の前にあらわれた。服装も、以前よりかなり小洒落たものに変わっている。
「な…なんで先輩達が二人ともそろってココにいるんですか？」
「そんなの転職したからに決まってるじゃないか」
「それより、なんだ？お前その髪型？」
「すっかりイメチェンして、転職デビューってわけ？張りきってるねぇ」
どうにも頭のあがらない二人の先輩を前に、Oさんは肩を落とすしかなかった。

ちなみに、OさんをB社に紹介したのも同じエージェントだった。
「どうして、ひとこと教えてくれなかったですか！個人情報？分かってますけど、それとなく伝える方法もあるでしょう？せっかく心機一転できると思っていたのに…」
我々がそんなOさんのグチを聞くことになったのは、言うまでもない。