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ファーマ・インサイト 戦略立案:STP

公開日時 2009/09/24 04:00

 先月までは、環境分析からSWOTに至る戦略マーケティングプロセスの基礎の部分について取り上げてきました。これまでのプロセスを正しく踏んでいるとすれば、かなりの量のワークを既にこなしてきたはずです。ここまで来てようやく、戦略立案の段階に移ることができます。

 戦略立案のプロセスは、伝統的なSTP (セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)によって構成されます。これまで取り上げてきたトピックと同じく、これらのコンセプトを耳にしたことがある人は多いでしょう。実際にやってみたことがある方もいるかもしれません。しかし私が見る限り、大部分の方はSTPの表面をなぞっているだけで、そこから期待し得る最大効果を得ていないように思います。

 

セグメンテーション

 セグメンテーションの定義とは、「共通なニーズを持つグループに市場を細分化すること」。ここでも成功の鍵となるのはやはり、顧客となる市場の「本当のニーズ」を正しく理解することです。

 戦略マーケティングプロセス上、セグメンテーションは最も重要で、最も難しい作業です。セグメンテーションを行う理由を改めて考えてみると、この重要性が明白になります。なぜ、セグメンテーションを行うのか?答えは、「市場に戦略的にリソースを投資するため」。「戦略的」=「NOと言えること」、いわば「投資しない」市場セグメントを明確に定義することです。セグメンテーションを行うことで、リソースをかける部分、かけない部分の明確な線引きが可能になります。

 「今さらそんなことを。当社は既に、患者の多い適応症や処方枚数の多いドクター、ベッド数の多い施設にフォーカスしてリソースを投入している」と思われる読者の方もいるかもしれません。これはよくある意見なのですが、実はこのような考え方は、マーケティングにおけるセグメンテーションとは一線を画すものです。なぜなら、ここには市場のニーズが一切視野に入っていないからです。A,B,Cといったランキングで施設や医師を分類するのは企業の勝手な都合であり、表面的な市場の捉え方に過ぎません。本当のセグメンテーションは、もっと深く、多面的に考えるべきものです。

 「それじゃ、医師の診療科、年齢や性別、クリニックの立地、病院の経営状況(私立、公立、県立、国立)などの軸で市場を分ければよいのか?」このアイデアは先ほどよりは良いですが、それでもまだ不十分。

 顧客の「ニーズ」でセグメントを分けようとする時、我々は常に「何々が必要」、「何々を望んでいる」という軸を使って定義する必要があります。「いつも最新の治療法を試してみたい」早期採用医師とそうでない医師。従来の治療法に不満をもち、「より副作用の軽い薬を多くの高齢患者に届けたい」という悩みで夜中に目が覚めてしまう先生もいれば、同じ施設に「セカンドラインとしてより有効な治療法を探したい」と毎日感じている先生も存在する。ドクターの悩みは、年齢や診療科、施設の規模や経営状況等と全く無関係とは言えませんが、それらの軸で理解した市場をリソース配分のベースとするのは、ベストなやり方ではないことが見てとれると思います。こういった分類は「目で見て区別しやすいから」「営業現場で分かりやすいから」これまで踏襲されてきたに過ぎません。もちろん各営業現場での工夫は必要なものですが、これはマーケティング上でのセグメンテーションの考え方とは本質的に違うものです。

「マーケティングは明日の売上を考える仕事」という定義に基づけば、理想的には顧客の「現在のニーズ」ではなく「先々のニーズ」によってセグメントを細分化することが望ましいと言えます。しかし、ドクターも患者も「現在のニーズ」についてさえ明確な発言が難しい現状では、先々のニーズについて直接話を聞くことなどはほとんど不可能かもしれません。ここではマーケットリサーチやカスタマーインサイトが非常に大切な役割を果たしますが、頁数の関係もありますので、この二つに関する記述はまたの機会に譲りたいと思います。

 ここで一つだけ考えていただきたいのは、「顧客のニーズ」というものを念頭に置いた上でセグメンテーションを行うときの、真のゴールとはいったい何なのかということです。それは、市場に確かに存在はしているが、まだはっきりと形を成しておらず、言葉にもされにくい、「充足されていない」「従来の市場の線引きの常識を超えた」共通点を見つけることだと言えます。もしここに他社より深い理解をもって効果的にリソースを投入できれば、その企業はよりパワフルになっていけるでしょう。

 

ターゲティング

 ターゲティングは、上記で行ったセグメントの中から、自社の顧客を「選択する」ことです。一つの顧客セグメントを小さくすればするほど、ニーズはどんどん明確(ピンポイント)になっていきます。しかし、あまりにニッチになりすぎてしまうと、事業として成り立つほどの市場価値を見出すことができません。ここに、あらゆる企業にとっての大きなジレンマがあります。どの程度までターゲットを絞り込み、やるべきこと、やるべきでないことを決めればよいのか。わかりやすいところで、最近の携帯電話の事例を考えてみましょう。

 NTTドコモは日本での携帯電話市場シェアNo.1でありながら、ここ数年、苦戦している印象が否めません。皆さんもご存知のように、番号ポータビリティ制度の導入後、それまで顧客をつなぎとめていた大きな箍が外れました。そこで大躍進を遂げたのが、ソフトバンクモバイルです。NTTドコモのCMは大勢の有名タレントを起用しているのに、勢いとしては「白い犬」に負けてしまっている印象を持ちます。私は通信業界のエキスパートではないですが、マーケティングの視点から見たとき、ドコモは「ターゲットを絞りきれていない」という気がするのです。 

 図1は、2009年のドコモシリーズのセグメンテーションを表しています。縦軸が機能の多さ「Functionality ⇔ Simplicity(多機能 ⇔ シンプル機能)」、横軸がファッション的センスと実用性の重視度合「Sensibility ⇔ Practicality(ファッショナブル ⇔ 実用的)」となっています。年齢や性別、住んでいる場所等ではなく、「お客さまが何を求めているか」によって市場セグメントを分けようとした姿勢は大変立派だと思います。顧客のニーズを十分に理解した上で、PRO、PRIME、SMART、STYLEというキーワードをコンセプトにした強力な製品ラインアップの開発を行い、リリースした訳です。

 しかし、「何をやるのか・やらないのか」、「どの客にどんなメッセージを浸透させるのか」といった側面を考えると、たいへん残念に思える点があります。まずは、そうやって苦労して作り上げたセグメンテーションを、「顧客のターゲティング」に充分に活かしきれていないこと。例えば現在オンエアされているCMは、全製品群を順番に紹介しているような印象を受けます。もし私がSMARTタイプであった場合に、PRIMEのメッセージもPROのメッセージもSTYLEのメッセージも、全部同時に受けてしまっているのです。すなわちNTTドコモは、自社が狙っているすべての層にすべてのメッセージを流していると言え、その意味では「戦略的に投資していない」のです。これは市場のリーダーにありがちな横断的に守りに入ってしまうパターンで、既存顧客をなんとかキープしようとしている姿が浮かび上がります。しかし、逆にそれによって、特定の相手に伝わるべきメッセージが薄まってしまうのです。

 その点ソフトバンクのCMは、ターゲットにしている市場と自社のメッセージがとても明確です。ビジネスユースではなく個人向けであり、ファミリー内や友達同士の通話料の安さを前面に打ち出す。携帯電話がほぼ一人1台行き渡ってしまった日本において、新規獲得できるセグメントは、これから自分用の携帯を持ち始める高校生や中学生しかないという見方でしょうか。若者に受けそうなCMのインパクトと「料金の安さ」でがっちりと彼らの心をつかみ、さらに家族や親しい友人を取り込んでシェアを伸ばす。ソフトバンクの成功の秘密はこの戦略にあったと言えるでしょう。

 この事例から、マーケッターが永遠に悩む問題点の一つを痛感できると思います。ターゲットをどこまで狭め、どこまで攻めるか。各セグメントの将来的な収益性を計算する基本評価として、セグメント毎の規模、成長性、自社製品とのフィット度合などをベースにした上で、どのセグメントにどこまでリソースを投入すればどんな反応をしてくれるかを、とことん突き詰めて考える。まさにこれが、戦略の基礎となるのです。

 読者の皆さんも、顧客である医師のニーズを新たな視点から探り、ぜひ表面的なことではなく意味のある軸を引いてセグメント分けを行ってください。そしてここからが大切ですが、すべてのセグメントを満足させるような戦略は存在しないことを理解し、「今やるべきこと」にリソースを投入してください。しつこいようですが、戦略の定義は、「何をしないか」を決めることなのですから。

 

ポジショニング

 次に課題となるのがポジショニングです。約30年も前に出版された、この分野の古典ともいえる『ポジショニング』(原題『Positioning: The Battle for Your Mind』Al Ries,Jack Trout)という本の中で、コンセプトが確立されました。伝統的な定義は、「顧客の頭の中に自社製品を位置付けること」。一見簡単そうに聞こえますが、これがなかなか奥が深いのです。幾つかの注意事項を取り上げながら説明をしたいと思います。

 まず、「ポジショニングとは相対的なものである」ということを理解してください。簡単な例を挙げてみましょう。私の身長は189センチです。これを「高い」と思われる方は、おそらく無意識に日本男性の平均身長(170センチだそうです)を頭に浮かべて比較していると思います。しかし私はアメリカでの学生時代、バスケットボールの選手でしたが、所属していた大学のチームの中ではちょうど平均ぐらいの身長で、その後ヨーロッパの実業団に所属したときには、かなり小さい方の選手でした。つまり「高い」か「低い」かという判断は、比較対象が定義されて初めて行えるようになるのです。

 薬剤においても同様に、「服薬しやすい剤形、有効な治療法、副作用の少ない薬」などの自社のメッセージがあると思いますが、それらのメッセージも、それぞれのドクターの頭の中で「他の何か」と比較されて初めて信頼性があるかないか判断され、位置づけられます。しかしここには、製薬業界特有の難しい面もあります。一般消費財のマーケティングでは比較的気軽に「コカコーラよりペプシの方が美味しいです」といったメッセージを発信することが可能です。しかし薬剤においては、他剤との比較試験などのデータがあればよいのですがそういうものは滅多に無く(例えあったとしても色々と使用が難しい面があるので)、他剤との比較における明確なポジショニングをターゲット医師に直接伝達することはできません。

 従って現場のMRは常に、ターゲットは心の中で今、自社製品を何と比較して評価しているのだろうか?ということを意識しながら話を進めていく必要があります。単剤治療に使われる他剤と比較しているのか、それとも併用オプションか、または食事や運動療法か、あるいは手術なのか。それらの比較対象を踏まえた上で自社製品の情報を提供しながら、ターゲットの理解をポジティブに誘導していくことが大切なのです。他社メーカーも同じような努力をしていますので、ドクターのマインド上に狙い通りに自社製品を位置付けてもらえるかどうかが、売上を左右する最も重要なファクターとなるのです。

 バスケットの例えをもう一度出します。私の「身長に関する優位さ」を説明しようと思ったら、「189センチは日本ではトップクラス」という位置づけがもっとも分かりやすく、聞く人に納得してもらいやすいでしょう。「アメリカの選手としては十分な力を持つ」というポジショニングもあり得ます(薬の場合はよく「同等」という言葉を使うと思います)。あるいは、「ヨーロッパの実業団の中では小さい方」という言い方も、もしかしたらアピールポイントとして使えるかもしれません。(だから足が早い、などのメッセージにつなげられる。)しかし、この三つの比較対象を同時に取り上げてポジショニングをしようとした瞬間に、説明は長くなり、相手に残す印象が薄まるであろうことが予想されます。

 薬の話に戻りましょう。スペシャリティー疾患領域など、適応症が得られている薬が少ない場合は、こういった課題が生じることは少ないかもしれません。しかし例えばARB市場などでは、どの薬と比較した上での自社製品の優位性なのかをはっきりさせることは、戦略的意思決定における最重要ファクターとなります。「勝つ」ためにやるのなら、まず「闘う相手」を選び、その相手と比べた時に、自社製品はどのようなベネフィットが提供でき、対象となる患者に貢献できるのか。くれぐれも比較対象を広げすぎないように心がけ、ポジショニングを行うことが大切です。

 

ポジショニング・ステートメント

 最後に、今回取り上げてきた戦略立案の要素であるSTPをまとめ、分かりやすい表現で社内方針を統一させる「ポジショニング・ステートメント」というツールを紹介します。

  各社毎に使用するフォーマットは異なるでしょうし、もっと複雑なものもあると思いますが、最低限必要な基本項目は、「ターゲット」「市場の定義」「差別化要因」の三つです。どことなく3C’sを連想されるかもしれません。図2で表すように、この三項目を接続詞でつなぎ一つの文章とします。「どんな医師及び患者に、どの製品や治療オプションと比べた、何を提供する」という文にまとめてみるのです。

 10秒で言えて、かつ誰でも覚えられる内容になっていたとしたら、「良く絞って捨てるべきところを捨てた」ベストな状態といえます。このツールは社内向けのものですが、その後に続く戦術を実行するための強力なガイドラインとなります。曖昧な表現やグレーな部分は極力取り除き、「誰が見ても明確なステートメント」の作成を目指しましょう。

 


ジェ フリー・シュナック(Jeffrey B. Schnack) 1967年米国生まれ。米国とヨーロッパの大学院で国際政治経済学修士およびMBAを取得。1990年来日。外資系コンサルティング会 社にて欧米企業のアジア戦略プロジェクトを実行。その後JR東日本初の海外子会社代表などを務める。スリーロック株式会社は2004年より、製薬企業を対 象に営業・マーケティング分野のコンサルティング及び能力開発プログラムを実施している。
スリーロックHP http://www.3rockconsulting.com 本人ブログ http://blog.3rockconsulting.com/

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