小説「ＭＲ」の著者で小説家の久坂部羊氏が5月24日、大阪市で開催した医療貢献研究会「Premium Seminar in Osaka」で医療小説の舞台裏をテーマに講演した。小説では「良心をもったMR」と「悪役的なMR」の2人を描いている。2人は学生時代に熱中したサッカーでライバル校の主将を務め、大学卒業後はライバル製薬会社のMRとして活躍する。久坂部氏は、「良心を捨てることは簡単なこと。売上をあげればいい。とにかく自社の薬の売上をあげれば悩みが一気に消える」と小説に登場する悪役MRの心情を紹介。今回の医療貢献研究会の活動に小説のストーリーを照らしながら、「医療貢献のMR活動は本業外で会社からの評価を受けにくい。そこに時間を割いて本当にできるのだろうか。頭が下がる」と述べた。その上で、「本当に難しい活動だ。”善意”が基礎となっている活動は危うい。善意の落とし所を考えることが継続につながる」と述べ、医療貢献研究会の活動にエールを送った。

小説「ＭＲ」は2021年4月に初版を発刊した。小説を書くきっかけについて久坂部氏は、「当時テレビでは半沢直樹が大ヒットしていて、担当編集者と話をしている中で、似たような構図で面白い話であるならばＭＲさんを主人公にすれば、いくらでも書けますよって話をした。そうしたら是非ということになった」と明かしてくれた。

外科医である久坂部氏とＭＲ（当時プロパー）の出会いは、同氏が麻酔科医を経て一般病院の外科医としてスタートを切った時にさかのぼる。「当時は関係あるプロパーさんの薬を使うことがあった。これはあまり好ましいことではなかったのだが、その後、メディアに暴かれて利益相反が問題となり、製薬業界がこうした活動を一斉にやめることになった。当時のプロパーという呼び名もＭＲに変えた」と振り返った。

◎自分の中で折り合いをつけて、営業成績を上げていく

小説はこうした実体験を踏まえて執筆されている。久坂部氏は、「基本的にプロパーからＭＲに呼び名が変わってもＭＲは製薬会社の営業職だ。ＭＲは、自社の薬が（効きそうな）ベストな患者さんには思い切り処方をすすめるが、必ずしもそうでない状況においては営業しないといけない立場にもなる」－。ＭＲが医療現場で医師と向き合う際の葛藤をこう表現する。「医薬品の効き目や価格、副作用など、自社品の売りの部分を強調して医師に伝える。そこで自分の中で折り合いをつけて、営業成績を上げていくということをされているのだろう」と述べ、小説では「良心的なMR」として描いたと明かしてくれた。

◎良心を捨てたＭＲ－「そのハードルさえ越えられれば楽なもんだ」

一方で、「良心を捨てたＭＲ」についても触れ、「売れればいい。患者さんのことは考えない、医師の立場も考えない、とにかく自社の薬が売れればいい。そんなＭＲになってしまえば悩みが一気に消える」－。「良心を捨てるということ」－。続けて、「そのハードルさえ越えられれば楽なもんだ。嘘をついても、陰謀を巡らしても、他社の営業を妨害するとか、なんでもやれば営業成績は伸びる」－。小説「MR」では、こうした悪役的なＭＲを登場させた。「鮫島淳というＭＲで、俳優の遠藤憲一さんをイメージして書いた。それに対して良心的なＭＲとして紀尾中正樹を登場させた」と久坂部氏は明かす。小説では、この2人の生い立ちを織り交ぜながらストーリーが展開する。

小説執筆時の裏話として、主人公の紀尾中の名前は、当初「直樹」で構想していたと久坂部氏は明かしてくれた。また、小説には女性ＭＲの山田摩弥が登場する。実は、構想段階では登場人物全員の名前に回文を使うことを考えていたが、「真面目な小説なので、不真面目になるのはやめよう」ということで、結果的に山田摩弥ＭＲのみ回文にしたと明かしてくれた。

◎「医療貢献という活動には頭が下がる。大きな意味がある」久坂部氏

久坂部氏は医療貢献研究会の活動にも触れた。「医療貢献という活動には頭が下がる。大きな意味がある」と述べながらも、「ただ難しい面もある。自分の評価が高まる活動外のことなので、可能性は非常にあるが、しんどいことだと思う」と述べた。また、「社会貢献は善意が基本になっていると思うが、私は基本的に善意が基礎となっている活動は危ういと思っている。これは医師も同じだ」と強調。「差別やいじめ、戦争反対はいずれも善意が基本となっている。ただ、善意だけで突っ走ると続きにくい状況がある。その善意の落とし所を考えることが継続につながる」と述べ、医療貢献研究会の今後の活躍に期待を寄せた。