口べたで控えめな印象のバイヤーNさんは、驚くほど人脈が広かった。

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Nさん（43歳）の職歴は、前半が商社（卸・仲卸業）、後半が流通企業のバイヤー職。国内の仕事ばかりで英語力がないというマイナス面はあるが、物産展の企画に多く携わるなど目を惹くところのあるキャリアの持ち主だった。

面談に現れたNさんは、ある意味、印象的な人物だった。
ずんぐりむっくりした小柄な身体をさらに猫背にして、常にニコニコと微笑みをたたえた赤ら顔。たいへん腰が低く丁寧なのはいいのだが、口にすることと言えば「そうですねえ」「いやあ」と我々の話に相槌を打つくらいで、なかなか話が前に進まない。
失礼を承知で言えば、デキるとか、キレるというところから真逆のイメージの人物だったのだ。

独身のNさんは全国どこへでも転勤可で、それなりの数の企業に応募できたのだが、当初、面接になる企業はさほど多くなかった。
『当初』と断りを入れたのは、一度書類選考不通過になった会社でも、あとから
「やはり本部長が会っても良いのではないかと申していますので、今から面接できないでしょうか？」
などと連絡してきた企業がいくつかあったからである。

よくよく聞いてみると、どの会社も役員やチーフバイヤーがNさんと面識があるので、人事・現場の判断を覆すことになったという。それだけではない。はじめから面接になった企業でも、
「Nさんは弊社の社長と十年来のつきあいがあるとかで、社長に話をしましたら、とても懐かしがっておりました」
といったこともあった。

卸業者・バイヤーとして日本全国を飛び回り、地元の流通会社に挨拶回りを欠かさなかったNさんは、人脈が実に豊富だったのだ。
ある時、我々はふと不思議に思って
「そうしたコネクションで転職先を探そうとは思わなかったんですか？」
と、聞いたことがある。けれどNさんは
「いやあ。現職がありますし…。人脈といっても、仕事をお願いできるほど親密というわけではないので…」
と、控えめに言うだけだった。

その後も、Nさんの人脈の広さに、我々はたびたび驚かされることになった。Nさんが行ったことがないという地域の企業でも、いざ面接となると、一年前に転職してきた本部長がNさんと旧知の人であったり、Nさんの方は知らなくても、先方の社長が『名前を聞いたことがある』と面接になったり…。

ただ、そのNさんが結局転職したのが、知り合いの一人もいないネット通販A社だったというのが面白いところだ。
彼を知る人の多くは彼に好印象を持っているものの、組織としてみると、リーダーシップや企画力があるわけでもない口べたなNさんではなかなか内定をもらえなかったのである。

では、なぜA社がNさんに目をつけたかと言えば、Nさんの前任がちょうどNさんと真逆のタイプ（口が上手く、企画力はあるのだが、自分で動こうとしないタイプ）だったからだ。
我々がNさんの人脈の広さとフットワークの軽さを説明すると、A社の担当者は
「前任者は、フード部門を立ち上げるために呼んだんですけど、素晴らしいのは企画段階までで、実際に仕入となると他人任せ。まったくうまくいかなくてね、A社としては新しい取り組みなので、人脈が広くて飛び回れる人材というのは魅力的なんですよ」
と、Nさんの職務経歴書を食い入るように読み始めたのだ。

数回の面接を経て内定となったあと、我々はNさんにあらためて
「ポイントになったのは、Nさんの顔の広さだと思いますよ。我々も驚いたくらいですから」
と、伝えると、Nさんは照れ笑いをしながら
「私はこんな男なので、周りに助けてもらわなければ何も出来ません。せめて付き合いだけはしっかりしようと、20年間やってきました。それが評価してもらえたのは本当に嬉しいことです」
と言っていた。

そう。Nさんの人脈は、彼が自分の弱点をよくわかった上で積み上げてきたものなのである。業界の懇親会・見本市・研究会…、ありとあらゆる場に出掛け、Nさんはコネを磨いてきたのだ。
これからもNさんは日本全国各地をまわって、人脈を広げ、その人たちの力を借りて仕事を続けていくのだろう。コネこそ我がキャリア。それも一つのスタイルなのである。