ファーマ・インサイト マーケティング・アクションの効果検証とROI

公開日時 2009/10/01 04:00
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 「勝つ」ための戦略マーケティング、とうとう最終回です。これまでの連載では、市場でのマーケティング・アクションを起こすまでのプロセスについて書いてきました。最後となる今回は、アクションを起こした後の検証についてお話したいと思います。

 今やファーマ・マーケターの耳にも「使ったお金に対して、どのくらいの効果が上がったのか」という質問が頻繁に聞こえてくる時代です。次年度の予算を、今年+/-何パーセントという基準で計算するのではなく、ゼロベースから積み上げる会社も多く存在します。その場合、これまでやってきたアクションや、続けたいアクション一つ一つの効果を証明することが、予算獲得への大きな論拠となります。そこで、マーケティング・アクションの効果を検証できるスキルがマーケターにも必須となるのです。

 

ROIとは?

 前回取り上げたKPI(Key Performance Indicators)が、効果検証のまずはスタートラインですが、Activity-based KPI, Results-based KPI双方でベストな指標となり得るのがROI(Return on Investment=投資収益率)と呼ばれるものです。ROIは、マーケティング・アクションに優先度を持たせるため、または効果を検証するための最も正確で論理的なツールとなります。なぜならROIは、あるマーケティング・アクションに投資した金額とそのアクションが生み出した粗利の直接的な関係を示すからです。図1のように、粗利(Return)から投資金額(Investment)を除いた金額を、同じ投資金額(Investment)で割って求めます。基本的な考え方として、この計算結果が0の場合は損得が発生しません。0に満たない負の数値であったときは、投資の元がとれていません。0を超える正の数値なら、その数値が大きければ大きいほど収益性が高いということになります。

 そもそもROIの考え方は1920年代のビジネスの世界で、例えば新しい工場建設などの大きな投資案件を計画する際に承認の是非を検討する意思決定支援ツールとして導入されました。しかしマーケティング分野においては、その後しばらくの間適用はされませんでした。というのも、あらゆるマーケティングおよび営業アクションは並行して実施されているため、一つ一つのマーケティング・アクションが一体どのくらいの粗利を生み出しているのか切り離して考えるのが難しかったのです。

 1970-80年代、アメリカのカタログ販売・DM会社が、地域別や顧客特性別のメーリングなど、いわゆるマス(無差別)マーケティングではないターゲットマーケティングを積極的に採用しました。当時、処理能力が一段進化していたコンピューターのおかげで、どの地域及び顧客タイプからどんな注文が入ってきたかという関係が見えるようになり、その検証方法として同時にROIが導入され、成功を収めました。それ以降クレジットカード業界などにもROIの考え方は広まっていき、大きな業務改善へと貢献したのです。

 製薬業界は今、同じようにマス指向からターゲット指向へシフトしつつあると同時に、e-ディテーリング、closed-loop marketing、CRMシステムなどのデジタルツールの発展によって、限られたドクター層に特定のマーケティング・アクションが打てる時代となりました。従って既にROIを導入している製薬会社も存在します。またこのテーマに関する弊社のセミナーへの関心度の高さからも、ROIはこれからの時代避けて通れない考え方になると確信しています。この連載では、「何をしないか」という戦略的思考についてずっと強調して書いてきました。「何をしないか」の決定は非常に難しいことですが、ひょっとすると今の時代、ベストな道は「ROIで決める」ことかもしれません。

 しかし、ROIを正確に計算するのはそう簡単ではありません。この記事では基本的な部分しか書いていませんが、計算用の充分なデータが取れなかったり、粗利(リターン)を正しく計算するための期間や対象人数、他のマーケティング・アクションとの相乗効果などを測定しにくかったりするケースが多々ありますし、細かく見ようとすればするほど計算が複雑になり、分析時間が長くなる可能性があります。ちょっとした事例を取り上げながら、ROIの考え方を紹介したいと思います。

 

事例1: 米国のロゼレム

 最近日本でもかなり目立つようになってきたDTC(Direct to Consumer:疾患啓発キャンペーン)アクションの事例から、ROIについて考えていくことにしましょう。ここでは、武田薬品工業の米国法人、武田ファーマシューティカルズ・ノースアメリカ(以下「TPNA」)が米国で販売している不眠症治療薬ロゼレム(Rozerem、一般名ramelteon)のDTCキャンペーンを取り上げてみたいと思います。

 ロゼレムは米国で2005年8月に承認を受け、上市から一年が過ぎたタイミングでのキャンペーン開始となりました。法令上は上市当日からでもDTCが実行できますが、PhRMA(米国研究製薬工業協会 Pharmaceutical Research and Manufacturers of America)の自主ガイドラインに沿い、一年間待ってスタートした訳です(品が良いですね)。

 同時期、競合他社であるセプラコール(Sepracor)社 のルネスタ(Lunesta、一般名eszopiclone)と、サノフィ・アベンティス社のアンビエン(Ambien, 一般名zolpidem/日本名マイスリー)も、米国全土にテレビCMを展開しながら大きくDTCを行っていました。その影響もあり、米国の不眠症治療薬マーケットはその頃急成長。2002年には約800億円($800 million)足らずの市場だったのが、2005年にはおよそ三倍の約2510億円($2.51billion)にまで伸び、翌2006年にはさらに35%増の約3880億円($3.88billion)の市場規模が見込まれていました。(これらは米国のMedical Marketing & Media(以下「MMM誌」)と言う雑誌に発表された数字です。)

 そのような状況の中、TPNAはテレビ、紙媒体、DMなどを含む大きなキャンペーンを展開しました。特に話題を呼んだのがWEBサイトで、米国のリンカーン大統領とビーバー(恐らく夢の中のキャラクター!)が不眠症の男の元に現れ、一緒にチェスをするというホームページです。サイトの作りはとてもクリエイティブで、画面内の壁にかかった時計の時刻表示がそのサイトを見ている人の時間帯(米国は広いですから)に自動的に合っていたり、リラックス音楽がダウンロードできたりなど、様々な工夫が凝らされていました。TPNAの広報はMMM誌のインタビューで「予定通りのインパクトがあった」と答え、消費者と医者の認知度の向上及びMRからのディテーリングを受けていないドクターの処方量をKPIとして取り上げ、成功を強調しました。

 しかし、このイノベイティブかつクリエイティブな戦略は、短期的にわずかなセールスインパクトをもたらしたに過ぎませんでした。キャンペーンがスタートしてから半年間のロゼレムの売上は45億円($45 million)、市場シェアは2.5%。同時期のサノフィ・アベンティス社のアンビエンが75%近くのシェア(アンビエン54.7%、アンビエンCR 20.1%)で、セプラコール社のルネスタのシェアが16.8%でした。開始時点のロゼレムの市場シェアははっきりとは分かりませんが、例えばこの期間中にシェアが1.25%から倍になったのだと仮定しましょう。もし設定されたKPIが「市場シェアを伸ばす」というものであれば、これは立派な数字だといえるかもしれません。しかしこのキャンペーンの評価は、ROIを指標にしたとき初めて本質的に可能になります。

 まずは粗利(Return)を計算してみましょう。このキャンペーンは上市から一年を経たタイミングで行われましたが、データによるとキャンペーン開始前の数週間の売上は殆ど横ばい状況ですので、倍増したマーケットシェアをこのキャンペーンの影響だと仮定します(正確に計算しようと思えば、従来の成長伸び率の年間35%の半分17-18%を引かなければいけませんね)。もちろん製造原価は一般に知られていませんが、仮に20%だとした場合、6ヶ月のReturnは(45億円÷2)x(0.8)=18億円 になります。

 次に投資金額(Investment)です。主なチャネルがWEBと紙媒体だけのキャンペーンでしたら費用は比較的低く抑えられたはずですが、ここで我々は、各社の投資金額が巨額であることを理解しておかねばなりません。ニールセン・モニター・プラスの査定によると、ルネスタは、2006年1月-11月間に約316億円($316million)をDTCにつぎ込み、市場のリーダーであるサノフィ・アベンティス社は約179億円($179 million)、同期間にTPNAは何と約110億円($110million)をDTCに投資しました。第三者としてこの数値が正しいかどうかは何とも言えませんし、均等に使っているとも限りませんが、例えば10億円/月のペースで投資をしていた、と今回の計算用に仮定すると、ROIの計算式は(18 – 60) / 60 = -0.7=-70%。私の勝手な仮説に基づくと、6ヶ月の枠内では、このキャンペーンは失敗であったという結論になります。

 前回の記事で、DTCのGRP(Gross Rating Points=延べ視聴率)はActivity-based KPIだと述べましたが、正にその通りだということがおわかりいただけるかと思います。「見せた数=認知した数」だと仮定しても、認知した人のうちどれだけの人数が実際に医者に足を運んで相談したのかは大きな疑問です。しかもマーケットシェアが3%足らずの状況であれば、診断を受け治療薬を処方された患者100人のうちたった3人しかロゼレムをもらわないのです。アメリカの場合はDTC 広告でブランド名も使えますので、宣伝の仕方によっては「ロゼレム下さい」と直接ドクターに伝える患者を増やすこともできたはずです。自社の置かれた市場状況がDTCキャンペーンに適切かどうかを、各社はきっちりと考える必要 があると思います。

 しかし、キャンペーンをきっかけにロゼレムを飲み始めた患者が、その後ずっと同製品を飲み続けることもあるでしょう。また、キャンペーン中に初めてロゼレムを処方したドクターが、その後ロイヤリティの高い処方医となることも考えられます。このようなこともROI計算に反映させたい場合は、生涯顧客価値 (lifetime customer value)というコンセプトを使います。そこまで含めて考えた場合、上記のReturnの部分は、二倍にも三倍にも膨らむかもしれません。三倍に達した瞬間からROIが正の数値となり、ポジティブなキャンペーンとして考えられることもあり得ます。ここがROIの危険なところです。組織の中に導入する場合は定義や条件をはっきりさせておき、くれぐれも数字のゲームで終わってしまわないようご注意下さい。

 これは文化の違いだと思いますが、日本の医療関係者は何よりも安全性を大事にします。一方米国の患者や医者は、より有効性に重点を置きます。従って、ロゼレムの特徴として挙げられる安全性が他剤より優れていたとしても、それはさしたる魅力とならず、米国では「有効性がない」と間違えて認識されることも多かったようです。米国で不眠症治療薬を服用する人々は、飲んだら即眠れるような薬を求めていますが、最初にロゼレムを服用した時の印象はそういうものでは無いからです(安全性を重視した、数日間飲んでから徐々に効果が現れ始めるタイプの薬のようです)。従って、たとえDTCによって患者が増えたとしてもアドヒアランスが悪く、結果として患者(顧客)の生涯価値も低くなってしまいます。ここから導き出される結論は、現在の市場シェアが小さい会社がとる戦略としては、疾患啓蒙タイプのキャンペーンはあまり得策ではないということです。それよりも患者のアドヒアランス向上などのプログラムに投資したほうが、その製品の個性がニーズに合っている患者や医師との密接な関係が作れるのではないでしょうか。

 

事例2:日本のマイスリー

 今年5月頃から、「ぐっすり眠れましたか?」とよく聞かれた気がします。日本では、サノフィ・アベンティスとアステラス製薬の二社による不眠症疾患啓発キャンペーンが展開されていました。電車内広告や有名女優を起用したテレビCMなどから誘導されるWebサイト(www.yoioyasumi.com)では、不眠に対する正しい知識が得られるようになっています。

 皆さんご存知のように、日本のDTCは米国とは違い広告上でブランド名が使えません。キャンペーンは一般的に疾患認識向上に限られますので、受診率を上げた場合、基本的にシェアに基づく分だけ売上が増加します。従って処方薬のDTCは、まさにトップブランドが取るべきアクションだといえるでしょう。米国同様マイスリーは日本でもこの市場領域でのトップシェアですので、高いROI効果が見込めるかと思います。
年間売上200億円台を突破しているマイスリーは既に勝ち組路線に乗っています。競合他社も色々な対策を打っていますので多少現実味は下がるかもしれませんが、例えば従来のマーケティング・アクションを続けるだけで、10%前後の成長が自然に見込めるとしましょう。マイスリーのブランド担当者がそれ以上の成長を狙ってDTCキャンペーンを追加予算で実施したいと部署内で提案する場合、どのようにROIを説得材料として使えるのでしょうか。

 根拠のない仮定ですが、今回の「よいおやすみ」キャンペーンの予算が10億円だったとしましょう。原価率は、ロゼレム同様に2割と仮定します。同じ計算式を使いますが、今回は+/−の分岐点(必要な追加売上高)を知りたいわけですので、10億円/0.8=12.5億円 の売上増が最低ラインだと分かります。正確にはROIの計算には資金調達コスト(cost of capital)なども入りますから、普通は15%前後のハードルが適用されます。この場合、15億円近くの追加売上を約束できたら、このキャンペーンのための追加予算が取れるということになります。

 最後に一つ強調したいのですが、多くのファーマ・マーケターにとっては、テレビCMよりも上図のようなターゲットマーケティングが参考になると思います。JALの機内誌SKYWARDに掲載された広告ですが、今まさに「眠りたいけど眠れない」と悩んでいる瞬間の潜在患者とコンタクトできる媒体です。飛行機の中では時間をつぶそうとしていることが多いでしょうから、ゆっくりと監修医の記事まで呼んでくれるきっかけともなるでしょう。このようなターゲットマーケティングが、これからのベストプラクティスになるのではないかと私は思います。

 最後になりますが、これまでこの連載を読んでくださった皆様にお礼を申し上げたいと思います。また何かの機会にお目にかかれれば幸いです。ありがとうございました。


 セミナー風景ジェフリー・シュナック(Jeffrey B. Schnack) 1967年米国生まれ。 米国とヨーロッパの大学院で国際政治経済学修士およびMBAを取得。1990年来日。外資系コンサルティング会社にて欧米企業のアジア戦略プロジェクトを実行。その後JR東日本初の海外子会社代表などを務める。スリーロック株式会社は2004年より、製薬企業を対象に営業・マーケティング分野のコンサルティング及び能力開発プログラムを実施している。
スリーロックHP http://www.3rockconsulting.com 本人ブログ http://blog.3rockconsulting.com/

 

 

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