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【World Topics】米保健福祉省(HHS)vs政府効率化省(DOGE) 全てはマスク氏の”X”投稿から始まった

公開日時 2025/03/11 04:51
日本でも大きく報じられているが、政府効率化省(DOGE)の動きが急である。全米を緊張させたのはイーロン・マスク氏による2月22日付の“X(旧ツイッター)”に発信した内容だ。「連邦政府の全職員は自身の業務についてレポートするよう求めるemailを受け取る。各自が先週、実際に遂行した業務とその成果を米国東海岸時間24日(月)正午までに、上司にCCをつけて受け取ったemailに返信する形で報告するように。報告なき場合は辞職(resignation)とみなす」-というものだ。その後、連邦政府の被用者宛に同様の趣旨の(ただし辞職には言及なし)emailが送信された。(メディカル・ジャーナリスト 西村由美子)

◎前例のない大量解雇 行政機関職員間で“バレンタインデーの大虐殺”との囁きも

実際には、すでに1月から上位管理職を皮切りに数多くの離職者が出ていた。また上級管理職と並んで採用から日の浅い本採用になるまでの試用期間中の職員(probationary workers)やインターンなどの大量解雇・レイオフも始まっていた。

状況はHHS(米保健福祉省)も同様。1月にはCDC、CMS、NIHのトップがそろって辞任している。上級管理職だけでなく、2月13日からその週末までにFDAは数千人の職員を解雇し、行政機関職員の間で“バレンタインデーの大虐殺”と言われているという。確かなことはわかっていないが、すでに連邦行政機関全体で1万人以上が解雇されたと言われており、離職者によって売りに出された住宅は数千件を数え、ワシントンDCの不動産市場を下落させているという。

政権交代に伴って連邦政府の上級管理職が交代することは米奥では珍しいことではないが、今回のような一般職員の大量解雇はおそらく前例がない。ともなって実質的に機能停止してしまっているオフィスもあり、閉じられてしまったWebサイトもあり、国民への影響は無視できない。

DOGE(政府効率化省)は、最初に正式雇用を前提とした試用期間中の職員(必ずしも非常勤や不安定雇用ではない)をターゲットとした理由を「雇用契約の法的規制が緩く、解雇しやすい」からだと説明している。実際、大量解雇の直後に複数の労組(union)が連邦裁判所に出した「解雇の一時差し止め請求」が却下されていることからもDOGEの読みと戦略は正しかったということになるのだろう。そして2月22日のメールである。人員削減はいよいよ正規雇用の職員に及ぶ。

◎2月24日 イーロン・マスク氏は再び“X(旧ツイッター)”に投稿

報告期限とされた2月24日。イーロン・マスク氏は再び“X(旧ツイッター)”に、「大統領府は職員に猶予を与える。全職員は速やかに各自の仕事・成果を報告するように。報告なき場合は解雇(termination)」と発信しており、脅迫的とも受け取れる指示に対し、しかし、必ずしも全職員からは返信がなかったことがうかがえる状況である。

◎HHSを辞任したディレクターの1人 Cavazzoni医師が米ファイザーCMOに

同じ2月24日には、奇しくも製薬大手ファイザーが同社の新しいCMO (chief medical officer) に、前FDA 医薬品評価研究センター(the Center for Drug Evaluation and Research)所長Patrizia Cavazzoni医師を任用すると発表した。Cavazzoni医師も1月にHHSを辞任したディレクターの1人である。

◎HHSが全職員宛に送ったメッセージ

同じ2月24日、HHSが全職員宛に送ったメッセージが注目されている。メッセージには「HHSは職員がDOGEからのemailに返信することを期待しません。返信しなくても、雇用には影響ありません」と明記され、さらにDOGEからのemailに返信する場合の詳細なアドバイスが記述されていた。これを詳細に報じたのは、医療問題に特化したメディアMedPage Todayである。

アドバイスは業務に関わる機密保持に関する注意事項で、DOGEへの返信emailには「あなた自身が関わっているプロジェクトの名称や内容について具体的に言及しないように」、「特に科学研究や実験あるいはその評価に携わっている場合には、業務にかかわる情報が特定できるような記述はしないように」-、とアドバイス。また個人のプライバシーにも配慮すべきとし「同僚や上司など職員の個人名」も記述しないようにと特記。さらには「返信したemailの内容が、最悪の場合には、送信先のサーバーから外国にもれる可能性もあるということまで十分に想定・考慮するように」と記載されていた。

HHSのデータベースには米国民の極めてデリケートな個人情報が格納されている。HHSの職員の多くは国民の安全と健康の保障に深くかかわる業務についており、機密保持の義務と責任を負っている。しかしDOGEをはじめとする第三者(機関)はプロとしての機密保持の義務を負っておらず、ましてや民間人であるイーロン・マスク氏においては言うまでもない。こうした部外者とは情報を共有することは許されない、というのがHHSのアドバイスの趣旨である。

◎HHS長官に就任したロバート・ケネディ氏

HHSのトップは2月13日に上院で承認されて長官に就任したロバート・ケネディ氏である。しかし、ケネディ長官は2月18日に全職員に向けて就任の挨拶をおこなったほかにはほとんど目立った動きをしていない。18日の就任挨拶でも、すでに嵐の如くHHSに吹き荒れている大量解雇や予算凍結の動向にはまったく触れなかったと報じられており、唯一話題となっているのは、挨拶の中で長官自身について「過去の言動ではなく、現在とこれからの言動で判断してほしい」と語ったということだけ。

HHSはケネディ長官のリーダーシップの下に新たな活動を開始しているというよりも、むしろ長官の頭越しに(あるいは長官の就任以前に)発令された大統領令や、イーロン・マスク氏とDOGEへの対応に追われていると印象だ。そして、現在のところ、ケネディ長官と大統領府との関係、またケネディ長官とイーロン・マスク氏およびDOGEとの関係がどのようであるかも判断もつかない状況である。

◎不当解雇に訴訟で対応 連邦職員組合連合会はじめ複数労働組合がDOGE等を提訴

不当解雇には訴訟で対応するのが米国流だ。大量解雇に対し、すでに連邦職員組合連合会はじめ複数の労働組合がDOGE、イーロン・マスク氏、各機関の人事担当等を提訴している。民間でも今回の試用期間中の職員の大量解雇は著しく公正さを欠いているとの意見が多く聞かれ、連邦政府を相手取る訴訟に特化したDemocracy Forwardがすでに動き出している。解雇された元職員数名が匿名で起こした訴訟の訴状には、DOGEが部署全体の行政改革を論じることも説明することもなく、また部署の業務調査も行なわないまま、特定の職員の解雇や特定のプロジェクトの資金凍結を開始した経緯や実態が詳細に記述されているという。

唐突にすべての研究助成金凍結の行政命令を受けたNIHでは、2500以上の大学や研究機関で進行中の研究プロジェクトが頓挫しかねない事態となった。多くの研究機関・プロジェクトは即座に連邦裁判所に行政命令差し止めの仮処分申請を提訴し、これまでのところほぼすべて申請通り仮処分が認められて、当面、プロジェクトの中止は免れているようだ。だが、仮処分は仮処分であるから、先行きは不透明である。

大量解雇にともなって閉じられたHHS管理下のいくつかのウェブページに関して、医療機関等から掲載されていた情報やデータが日常の医療サービス等に不可欠であるとしてウェブページの再開(閉鎖の一時停止の仮処分)を求める申請が出されていたのに対し、連邦裁判所はこれを認める裁定を下し、HIVの予防や治療関連の情報やLGBTQ関連の情報提供ページが再開されている。

一方、州司法長官連合が、選挙で選ばれた立場でもなく、正規の連邦職員でもない一般人のイーロン・マスク氏が財務省、米国国際開発庁 (USAID)、HHS、その他の機関の機密記録に対して実質的に無制限のアクセス権限を得ることはできないと主張して提訴したデータ提供の一時差し止め請求は、請求根拠を示す証拠が不十分であるとして却下されている。各方面からの訴訟は今後も続く見込みである。

◎イーロン・マスク氏の利益相反を問題視

解雇・レイオフされた連邦職員の中にイーロン・マスク氏が経営する企業の業務や製品の審査や許認可にかかわる業務についていた者が少なからず含まれており、イーロン・マスク氏の利益相反が問題視されている。

米国証券取引所はTwitter (現在のX)の買収に際して株主に対する不正があったとしてイーロン・マスク氏を提訴している。この訴訟・調査チームのメンバーがDOGEによって解雇されている。交通省(Department of Transportation: DOT)ではTeslaおよびSpace Xのエンジン技術の評価等の担当者が解雇され、連邦航空局(Federal Aviation Admoinistration: FAA)のSpace X担当者も解雇されている。

HHSでも、マスク氏の率いるNeuralink社の製品の商品化承認申請を2023年に却下したFDAの審査チームのメンバーが解雇されている。

これらはいずれも明らかにイーロン・マスク氏の利益相反が問われるケースであり、すでに各方面から疑義、批判、非難の声が上がっている。しかし、メディアからの利益相反の質問に対し、ホワイトハウスは「マスク氏がDOGEを率いることにはなんの問題もない」と回答し、批判に対し対応する動きはない。
 
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