マルチチャネル3.0研究所
主宰 佐藤 正晃
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佐藤 正晃 氏
マルチチャネル3.0
研究所 主宰 |
MC3.0時代到来総括編第2回目となる今回は、医療ITイノベーションを起こす企業とのインタビューからの考察をベースに話をしていく。これまで連載では様々な取材を通し、医療機関が目の前に迫っている高齢化時代に対応するためにどのような外部環境に置かれていて実際にどのような取り組みをしているか紹介してきた。そして、もちろん医療は医療機関だけでは完結しない故、それを支援する企業が技術革新を武器として様々なサービスを医療機関に提供しているのである。
デジタルヘルスベンチャー
企業の出現
先日、大手IT企業のNECが先進AI技術を活用した創薬事業に参入との記事が発表された。日本でIT企業による創薬事業の会社の立ち上げが始まっているという報道は、製薬会社の諸君からは隔世の感を禁じ得ないであろう。
現在私自身ヘルスケアベンチャー企業に対して、経営支援や投資を実際に行っている。様々なベンチャー企業が口にするのは、製薬企業と組んで大きな事業を進めたいという事である。しかし、実際にはベンチャー側と製薬企業の間には大きな溝があるのは言うまでもない。同じ医療産業を盛り上げるという志は同じであるが、これまで培った歴史やプライドが大きく邪魔をしていると感じる。一方、最近では医師が起業したベンチャー企業も多い。私も10社以上の企業と面談を行っているが、こうした企業はこれまでの臨床経験を世の中に役立てたいという強い想いを持ち、ITという強力なツールと組み合わせて様々なサービスのスタートに関して熱く語っている。
医療とヘルスケアのビジネスモデルのコンセプトは、これまで完全に分かれていた。しかし、外部環境としては医療ビッグデータの活用や在宅医療の推進、技術的環境としては広帯域インターネット網によるクラウド技術やモバイル環境の整備やセキュリティ技術の確立により未病、予防、診察、フォローまで一気通貫で行える技術基盤が実現されつつある。IoTの導入により様々な機器や薬から人間までが繋がる、その集まったビッグデータを基に、AIを活用して様々な疾患の可能性を発見予知する、そんな時代が身近に迫ってきているのである。当然薬の開発にもイノベーションが起こっており、前述のNECのようなIT企業によるAI活用による創薬や、スーパーコンピュータを活用したインシリコ創薬企業なども誕生している。政府は様々な医療機関から収載されるNDB(ナショナルデータベース)を公開する事でデータオリエンテッドな医療機関でのフォーミュラリの策定の議論が進む。我々を取り巻く環境はめまぐるしい動きで変わっているのである。
全体最適の視点を持つ
「Network is The computer」という言葉を知っているだろうか?ほんの20年ほど前まではITでネットワーク(インターネット)活用するという考え方は同義ではなかった。BtoBのやりとりはあくまでもテキストベースの情報の連携でしかなかった。2001年の流行語大賞でブロードバンドという言葉が選ばれたが、実際にはADSLがベースで一般の家庭に光が使われるのはまだ先であった。医療機関の連携に関してはセキュリティリスクという様々な側面の意味を持つ言葉に翻弄され、病院のIT管理者の対応が遅れ、一般企業よりかなり遅れてインターネット活用が進んだ背景がある。
このことは製薬企業がEマーケティング、デジタルマーケティングの取り組みが遅れる要因になったと私は見ている。顧客が使わないから情報提供の為にMRは直接足を運ばなければならない、そして医師も直接面談での情報提供を望んでいるとの考えが、ディテール活動では常識とされてきた。実際に製薬企業時代に自社のWebを見ているかとの質問に対しても、ほとんどのMRが自社のWebはそれほど見ていないという回答があり、驚いた記憶がある。一方で時代に敏感なMRは、当然の事ながらIT機器をうまく使いこなして成績を上げている。iPadディテール、Web講演会、メルマガ等現在デジタル戦略を取っていない製薬企業はもはや存在しない。しかし「部分最適」の視点から一生懸命に顧客に対してこれまで通りの情報提供スタイルを取ろうとしても、「全体最適」の視点を持たなければ、結局は木を見て森を見ずとなってしまうのである。全体最適の視点の為には外部環境を学ばなければならず、その為に「顧客の環境変化」を知らなければならないのである。
医療ICT推進の波が来ている
政府は医療ICTを活用した施策を進めている。第2回未来投資会議(平成28年11月10日)で安倍首相は2025年問題に向けて、次のような発言を行った。(医療では、データ分析によって個々人の状態に応じた予防や治療が可能になります。ビッグデータや人工知能を最大限活用し、『予防・ 健康管理』や『遠隔診療』を進め、質の高い医療を実現していきます。)このような発言が首相から発言されるという事自体、すでに多くの関係省庁や企業によって医療ICT施策の推進が始まっていることの表れである。
このような医療ICT施策のメンバーに、製薬企業が入っているという話はほとんど聞かない。NEC、富士通、IBM等のIT企業が軒並み名を連ねているというのが現状である。1980年代に医療業界にITが普及し、最初はレセプト処理をはじめとして単独計算機としての利用、そしてオーダリングシステム、電子カルテ化と続いた。昨今では、当たり前のように地域医療連携や医療経営の分析ツールとしてITは活用されている。医療従事者の情報収集手段としては、インターネットによる情報収集となり、収集する端末もパソコン、iPad、スマートフォンが主力になってきている。もちろん、診療支援システムもパソコンからモバイルへと変化している。実際に取材でも取り上げたアルム社の製品Joinは、2016年4月の診療報酬改定で保険収載されることになった。
システムとしては医師同士がiPhoneなどのスマートフォンのアプリを使い、救急患者を入力、チャットを利用し医療画像や医療情報を医師間で連携するシステムである。アルムの坂野社長はJoinを使った製薬企業との連携に際し、「Joinは電子カルテのような診断した結果の医療情報を入力するツールではなくて、これからどのような処置を行ったら良いかを決定する診断ソフトです。薬を処方するタイミングとしては一番ライトなタイミングで使われるソフトです(中略)適正使用をソフト上で明示化できるので製薬企業とディスカッションできると考えている」と語ってくれた。実際にはIT企業が薬の処方に影響を及ぼすことができる工程に関わっているにも関わらず、製薬企業からのアプローチがほとんど無い、と当時は話していた。本当に関係のない話なのであろうか?
医師との新しい
ディスカッションテーマ
医療ITトピックをドアオープナーとして、医師とのタッチポイントを作り上げることは十分に可能である。経営層であれば、ビッグデータを活用した病院経営の見える化に関する議論や、職員向けにクリニカルインディケータやKPIの開示の是非や活用例で現場の意識改革を促す議論の実施。ベテラン医師であれば、レセプトや電子カルテ情報などデータベースに集約させ分析システムを構築する医療情報データベース基盤整備事業「MID-NET」の情報等集合知で診療支援を行う新技術活用の議論。若手医師であれば、Webを活用した臨床研究学習プログラムや医師限定SNSの紹介。そして話題の地位包括ケアの議論としては、例えば各病院の疾患別患者数、病院間の患者の流れ、医療圏間の流入・流出患者数等をDPC等のオープンデータを用いて議論することができ、実施にその医療機関がどのようなポジションを取っているか、そして地域の中での医療機関としてどのように進むべきなのかを議論する等、数多く考えることができるのではないか。
自社製品説明以外これまで話ができなかった経営幹部の方と話をすることで、MRとしての信用力により一層磨きをかけることができるはずである。NECの地域医療連携システムの導入に関する取材の際も、NEC田中主任より「地域医療連携の仕事を手掛けてみて分かったことだが、最近は病院長と会う機会が格段に増えた。経営に携わる人から呼ばれることが多い。院長からは医療政策の方向性やマイナンバーの行方などを質問される。ここで感じるのは経営問題だからだ」とのコメントを得た。
勿論これらの情報はこれまでの一般的な自社製品の詳細説明とは異なる。しかしながら、昨今の医療イノベーションを特集しているWeb記事や様々なイベントやニュースなど、本気で業界の変わり目を学びたいと思うならばいくらでも、情報のソースはすぐに見つけることができる。ここ数年で起こっている医療産業の構造変化は、医療機関や政府自治体などの一部の関係者だけの周りだけで起こっている事ではない。業界の変わり目を他人事から自分事に意識を変えなければ、この製薬激変時代に生き残ることはできない。
マルチチャネル3.0研究所とは:(MC3.0研究所)
「地域医療における製薬会社の役割の定義と活動スタイルを定義することを目的にして、製薬企業の新たなる事業モデルを構築し地域社会並びに患者や医師をはじめとする医療関係者へのタッチポイント増大に向けたMRを中心とするマルチチャネル活用の検討と実践を行う研究機関」である。設立2015年4月主宰 佐藤正晃(一般社団法人医療産業イノベーション機構 主任研究員)