すれ違った恩人
公開日時 2010/06/29 04:00
すれ違うような出会いが、人生を変えることがある。キャリアに悩むKさんの前に現れたのは…。
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営業Kさん(28歳)は苦しんでいた。
大卒の内定率が最悪とも言われた2004年、Kさんはなんとか化粧品会社に就職したものの1年で退職。その後、フリーターで約3年を過ごし、化学製品メーカーに再就職するのだが、そこでKさんは2歳年下の「先輩」にやり込められ、自信を失っていた。
Kさんは面談で繰り返し、同じことを言っていた。
「生まれた年で、まるっきり就職の状況が違うんだから不公平ですよね」
大事なのは能力、年齢なんて関係ない。そう言う人も多いだろうが、彼の年齢で年下の先輩に毎日のようにダメ出しをされる生活は、やはりきついものだろう。そのせいもあってか、Kさんの態度には卑屈なところがあった。それが面接でも出てしまい、書類を通った最初の5社はいずれも1次面接で不合格となっていた。
だが、6社目(A社)の面接で、Kさんは不思議な出会いを経験した。なんとか早く結果を出したいと、肩に力の入ったKさんの前にあらわれたのは、初老のA社社員だった。
A社の重役かと思い席から立って一礼したKさんに、初老の男性は言った。
「申し訳ありません。面接するはずの者が別件で少し遅れております。30分ほど掛かるかもしれませんので、その間、私がお相手をさせていただきましょう」
男性は胸から名刺を出そうとして、ふと気がついたように手を止めた。
「ウッカリしていました。名刺は切らして、いや、もう必要のない身分なものですから」
「はぁ」
怪訝な表情になったであろうKさんに、そのA社社員はこう続けた。
「私は本日で、定年退職なのです」
退職の挨拶回り中、面接予定の本部長が不在であることを聞き、つなぎの面接官を自ら買って出たのだという。
「午前中に書類の整理を終えて、挨拶も終わったら夜の送別会まで手持ち無沙汰なんですよ」
そう言ってから、初老の男性はKさんの職務経歴書を手に「なるほど、3年間アルバイトですか。私も道草組でね」と、話を始めた。それは質疑ではなく、彼自身の人生の物語だった。
65歳になる男性が生まれたのは戦後すぐ。復興の中で幼少期を過ごし、大学時代は学生運動にあけくれていたという。
「周りの雰囲気もあって、のめり込み過ぎてしまってね。私以外にもそういう人は少なくなかったんですが、留年を繰り返して、いつの間にかバスに乗り遅れてしまったよ」
ときは高度経済成長、皆が上に上がっていくことだけを考えていたなか、出世争いに出遅れてしまい、自分の人生をどう取り返すか、どこに居場所をみつけたらいいのか、苦悩する日々を送ったという。
「私の場合は、この会社に来てひたむきに仕事をすることで、仕事に救われるっていうのかなあ、そういうことが続けてあって、吹っ切れたんです」
Kさんはずっと黙って話を聞いていた。驚きだった。就職氷河期の前は、大学に進んだ者はほとんど大手企業に入れて、そのままキャリアを積んでいった人ばかりだと思っていた。
時代に翻弄されるということが、そんな昔にもあったのか…。
「自分たちだけじゃなかった」
そのことは妙にKさんの心を軽くした。A社の面接では素直に自分をアピールして、はじめて2次面接に進むことが出来た。
結局、A社はそこで不採用になったのだが、気持ちを切り替えることが出来たKさんは、その後、粘り強く転職活動に取り組んで、2ヶ月後に商社B社で内定をもらうことが出来た。その時の彼のコメントはこうだ。
「仕事が何かを返してくれるまで、ひたむきに努力するつもりです」
Kさんには、A社での出来事がずっと頭に残っていたに違いない。A社とは違う業界に転職することになり、二度と会うことはないはずだ。それどころか、名前すら覚えていない。
だが、その日、Kさんは間違いなく、人生を変えた人に出会ったのだ。

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