忘れモノ
公開日時 2010/07/21 04:00
会社で上司とぶつかり、大見得をきって転職していったMさんだったが……。
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玄関で靴を履いたあとに忘れモノに気がつくと、どういうわけか、ヒトは何とか靴を脱がずに忘れ物をとれないかと奮闘する。下駄箱につかまっていっぱいに手を伸ばしてみたり、膝立ちして歩いてみたり、新聞を敷いてジャンプしたり。
そのあげくにモノを壊したり、怪我をしてしまうことも多いのだが…。
金融業A社の営業Mさん(27歳)の転職理由はズバリ人間関係。上司を毛嫌いしており、「このままでは窒息する」と新天地を目指そうとしていた。
「窒息ですか。それなら、転職を考える前に、自分の意見をぶつけてみては?」
「A社はヒエラルキーが厳格なんです。上に言っても無駄なのは分かっています」
「配置転換を申し出てはどうなんですか?」
我々はさらにアドバイスしたが、Mさんは頭を振った。
「上司には強いコネがあって、将来、本社営業を取り仕切ることになるのは確実。一方の私も、入社から5年を経過して営業職以外にまわることは考えられない。つまり、上司の顔を見ないようにするには、本社を外れるしかない。それはA社では左遷を希望するっていうことなんです」
「仕事には誇りをもって一生懸命あたりたい。でも、現状では一生懸命やればやるほど、人間的にまったく尊敬できない上司にポイントを献上することになる。もう限界です」
Mさんの決意は堅く、たとえ年収ダウンでも転職に踏み切ると断言をしていた。
活動意欲が非常に強かったMさんは、かなり早いタイミングで内定をもらうことに成功し、金融系のB社に入社を決めた。
Mさんはこの時を待っていましたとばかり、退職交渉を開始。詳細は教えてもらえなかったが、どうやら、たまりにたまった鬱憤を上司にぶつけて、颯爽と(?)A社を辞めたとのことだった。
退職のすぐ翌日から、晴れてB社に出社することになっていたMさんだったが、退職直後に気がついたことがあった。前職A社に忘れモノがあったのだ。
MさんがA社に残してきたもの、それはPC内にあるメールのやりとりだった。仕事のメールアドレスを私用に使うことは原則的禁止だったが、常識的な使い方であれば問題視されることはなく、少なくとも営業では誰もが私用にメールアドレスを使っていた。
Mさんが使っていたPCには、家族・ガールフレンドとのメールが残されており、他人に見られたくない内容のものも多く含まれていた。
「うっかりしたな…」
A社に連絡してデータを消去してもらおうと思ったが、万が一、あの陰険な上司がこのことを聞きつけ、中を読まれてしまったら不愉快きわまりない。Mさんは考えた末、初出社前の早朝、A社によってPCのデータを消してくることにした…。
A社で最も朝が早いのはシステム部。既にIDを返却していたMさんは、彼らの出社を待って一緒にオフィスへ。そこから非常階段を使って営業部のあるフロアに行き、自分が昨日まで使っていたデスクに向かった。忘れ物はすぐに見つかった。
「これでよし」
だが、Mさんがデータを消し終わった時、フロアに足音が響いてきた。入ってきたのはオフィスビルの警備員たち。IDを持つものが出社していないのに、電気が使われたため、警報装置が作動したのだ。
もちろんMさんは事情を説明したが、消したデータは個人的なモノというのを証明することは出来ない。既に会社を辞めているという事実もあり、警備会社としては彼をそのまま帰すことは出来なかった。
何とか警察沙汰にこそならなかったものの、Mさんは大嫌いな上司にコッテリ絞られ、初出社日に遅刻という最悪の再スタートを迎えることになってしまった。
前にいた会社に連絡しなければならないが、どうも気まずいということは転職者にはありがちな状況だ。だが、そういう時こそ、余計なことはせず、正攻法でいくべきだろう。面倒に思えても、靴を脱いで忘れ物を取りに行けば、何でもないことなのである。

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