メーカーA社が出した営業職求人には、ある思惑が隠されていた…。

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とある地方に本社をおく老舗の機械メーカーA社。その営業求人には、備考欄の最後に「得点感覚のあるストライカー、大歓迎」という1文が加えられていた。

人事にいったいこれはなんなのかと聞くと
「こんなことを言うと、ふざけているのかと思われてしまいそうですが…」
と、前置きした上で面白い話をしてくれた。

「実は、最近営業三課（海外営業）の1人が転職したのですが、それが会社のサッカー部不動のレギュラーだったんです。ポジションはフォワード、我社随一の点取り屋でした」
「では、サッカー部のメンバー補充求人ということですか？」
「いいえ、A社は本格的な社会人チームを持てるような規模の会社ではありません。サッカー部が所属しているのも、草サッカーのリーグですしね。ですので、サッカーが上手ければ、経歴は問わないというわけにはいきません。基本は、あくまで営業スキルを見て採用を決めるということになります」
「では、サッカー経験があれば尚可くらいの感覚ですね？」

ここで、A社採用担当の声色にグッと真剣味が加わった。
「地域性もあってか、社員のほとんどがサッカー経験者です。クラブチームのサポーターをしている社員も大勢います。草サッカーのリーグとは言え、会社の誰もが、長年籍をおいてきた今のリーグから落ちてしまうことを心配しているんです。会社全体の士気に大きく関わることで、役員も気をもんでいまして…。ですから、エージェントさんのチカラで、何とかひとつ我が社の得点力不足を解消してください」
あくまで付随要件としながらも、A社の「点取り屋、求む」には本気の気配が充満していたのだった。

だが、実際に選考がはじまると、A社が面接する人のなかには、サッカー経験無しの人も含まれていた。最終的に内定・入社になったKさん（29歳）も、学生時代は陸上ばかりやっていたという女性だった。
何名かいた、サッカー経験者については
「求めるレベルにはなかったですね。サッカー離れて5年とか、大学卒業から12キロも体重増えているとかでは、うちが所属している草サッカーリーグでは、使いモノになりません」
と、切って捨てられてしまったのだ。

Kさん入社から2ヶ月後、別件でA社を訪問した我々は、
「ところで、サッカーのリーグの方はいかがですか？我々の方の紹介ではお力添えが出来なかったので、気になっているんですよ」
と、水を向けてみた。すると、人事担当者はナゾの笑みを浮かべた。
「おかげさまで、無事にリーグ転落の危機は脱しましたよ。それもKさんのおかげで」
「え？だって、Kさんはサッカーにはまったく無関係ですよ？」
「フフフ、エージェントさん、見落としていましたね？彼女が米国留学中、何を勉強していたか」
「たしか心理学だったはず…」
「ええ、正確にはスポーツ心理学です」

そう、Kさんは自分のトラック選手としての能力に限界を感じ、米国の留学中にスポーツ心理学の専門学位をとっていたのだ。しかし、スポーツ心理学を生かせる仕事は限られており、これといったコネがなかったKさんは、スポーツ関連の仕事に就くことが出来ず、これまでは英語力を武器に海外営業をしてきたのだった。
面接でA社のサッカー部の件を聞いた彼女は、「自分の知識が役立つかも知れません」と、その方面からも自分を売り込み、内定を得ていたのだ。
「心理学で勝てるようになったわけですね」
「ええ、大したものです。加えて、彼女、キレイな方ですからね、その面でも部員の発憤材料になっているみたいですよ」

ひょっとすると、A社人事は選考当初からそこまで見抜いて…。いずれにしてもA社のサッカー部はリーグ残留を確実にしたそうである。