元タケダMR・藤田祥子氏 年齢や環境の壁を越えて人材の可能性を切拓く 目指すは”かかりつけコンサル“
公開日時 2026/07/14 04:52

武田薬品のMRを経験し、現在は転職エージェントJACリクルートメントでヘルスケア領域のマネージャーとして活躍する藤田祥子氏。製薬業界が激動の時代を迎え、人材の流動化が加速する中、人材コンサルタントとして多くの求職者と向き合い、企業を繋いでいる。藤田氏自身も同期の退社や、結婚・出産などのライフイベントでの悩みなどを抱えた経験を仕事に活かしており、目指す姿を「かかりつけのコンサルタント」として描く。藤田氏のインタビューは、7月19日(日曜日)午前11時からインターネットラジオ番組「Active-Talk LAB」(ラジオ放送局ゆめのたね)のなかで放送される。
◎「天下のタケダ」と言われる期待とプレッシャーの中を駆け抜けた
藤田氏のキャリアは、武田薬品のMRからスタートした。大学生の時に就職セミナーでMRの仕事が自分に合いそうだと直感的に思った経験から、製薬会社を中心に受け、武田薬品を選んだ。最初の配属は、東京・浅草営業所。新人から6年間担当する中で、「天下のタケダ」と言われる期待とプレッシャーの中を駆け抜けた。
武田薬品で順調にキャリアを重ねる一方で、入社3年目を迎えた頃、同期の相次ぐ退職が自身のキャリアへの視座を広げる契機となった。「辞めていく同期が口を揃えて、私は薬剤師だから、薬剤師しかできないから薬剤師になる、と言うが、文系出身の私からしたら薬剤師もできるなんてすごくもったいないと衝撃を受けた」と藤田氏は語る。これがキッカケで、「その人たちに合ったキャリアって何だろうとキャリアを勉強したいと思うようになり、キャリアコンサルタントの資格を取得した」と、その後の人生にも大きなつながりを生むこととなったと振り返る。
◎ライフイベントと製薬業界の激震がもたらした転機

結婚を機に再雇用制度を利用して武田薬品を一度退職した。子育ての合間にキャリアコンサルタントの資格を活かして単発の仕事をこなした。子どもが2歳になる頃、子育て中の「ママMR」の募集を知り、ジャパンワクチンの“ワクチンMR”として現場に復帰する。その後、再び武田薬品への二度目の入社を果たす。ところが、復帰後に訪れた早期退職制度(FCP:フューチャー・キャリア・プログラム)の波が、藤田氏の心を大きく動かした。
「一回目のFCPの時にお世話になった先輩たちが、自分はMRしかしていないからMRしかできないと話すのを聞いて、猛烈な違和感を覚えた」と、まさに“薬剤師しかできないから”と言って辞めていった同期たちが重なった。 「どうしてそんな風に感じてしまうのだろうという気持ちと同時に、そういう社会であるということに対してすごく怒りみたいなものも大きくなり、人材の業界にチャレンジできないかと思った」と振り返る。
40歳を過ぎてからの未経験でのエージェント挑戦は「年齢の壁」に阻まれたが、不妊予防プロジェクトを行うPOPPINSへ飛び込み、自己開示できる会社風土作りに従事。その後、念願の人材コンサルタントへとキャリアチェンジを遂げた。
◎現職の挑戦 かかりつけコンサルタントへの道

現在、JACリクルートメントにおいて、日系製薬メーカーへの転職を支援するチームのマネージャーを務める藤田氏。求職者と企業を一気通貫で担当する同社において、MRとして医療現場で培った傾聴力が存分に活きている。「一方的に良さを伝えるのではなく、どんな希望があるのか、どんな強みを持っているのかを引き出す力というのは、MRの経験がとても役に立っている」という。
とくに昨今の製薬業界は、早期退職やポジションクローズが頻発し、「大手にいれば安心」という時代は終焉を迎えた。転職においても、どこの会社で働いていたかよりもどのような経験をしていたかが重要視されるようになった。このような時代で満足のいく転職を実現するための秘訣については、自分自身が「転職活動で叶えたいことを明確にすること」だという。叶えたいことが明確になれば、転職先で嫌なことがあっても乗り越えるきっかけにつながるからだ。
「かかりつけのドクターがいるように、かかりつけのコンサルタントのような人になれたらいいなと思っている」――。固定概念や年齢の壁に直面するたびに、自らの行動力でそれを打破してきた藤田氏。人生100年時代に長く働き続けるために、彼女の存在そのものがキャリアに悩む多くのプロフェッショナルにとって、大きな道標となるだろう。(早瀬悠里)