絵心ゼロ
公開日時 2011/05/17 04:00
宣伝企画でキャリアをつちかったDさんは、自覚なき絵心ゼロの男だった。
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絵を描く才能というのは、見掛けによらないものだ。大雑把な性格の人が、なぜか絵を描くと、緻密な写生画が得意であったり、いかにもセンスの良さそうな人が、絵を描かせると、とんでもないヘタクソであったり…。
Dさん(40歳)は大手アパレルメーカーA社で、営業・販促企画・ブランドマネージメントでキャリアを磨いてきた転職者。特に子供向けの商品で、アニメ・マンガのキャラクターを使った広告宣伝で実績があり、面接でもそれをメインに自分をアピールしていた。
アパレルの業界人らしく、彼の服装・立ち居振る舞いは洗練され、メガネやハンカチ、手帖やペンなど、ちょっとした小物も洒落たデザインのものを持ち歩いていた。
面接での評判はどこでも上々だったが、特に家具インテリアメーカーB社は、あたらしく子供向けブランドを立ち上げたいということで、Dさんのキャリアを大いに買っていた。
そのB社の面接でのこと。Dさんは、役員・事業部長向けに新ブランド立ち上げの行程をプレゼン方式で説明することになった。そつなくプレゼンをこなしたDさんは、その後、いくつかの質問を受けた。
「類似のやり方で、実績があるそうですが、具体的には?」
「2年前のスポーツウェアに○○(キャラクター名)を使ったキャンペーン。それに少し前ですが2003年に×××(キャラクター名)と提携した時も、基本的には同じやり方でプロジェクトを進めました。」
「○○と×××…。聞いたことはあるけれど、子供向けのものはよく分からないな。それってどんなキャラクターなんですか?」
一瞬、躊躇したDさんだったが、おもむろにペンを手に取ると、ホワイトボードに絵を描き始めた。
「これが○○で、こちらが×××ですね。とくに○○は、海外の絵本をもとにしたものだったのですが、アニメ化もされて子供には大人気なんですよ。」
Dさんは満足そうにそう言ったが、B社の人事担当によると、その瞬間、場の空気は何とも言えない微妙なものになったという。笑いをこらえる者、顔をしかめる者、レジュメに目を落として経歴を確認する者…。
「あとでネットで確認したのですが、Dさんの絵は本物とは似ても似つかないシロモノ。ハッキリ言って、小学生低学年のお絵かきレベルなんですよ。」
容赦のないB社人事を、我々は懸命にとりなした。
「ホ、ホワイトボードに絵を描くのは、紙に描くよりずっと難しいですから。」
「そりゃ、Dさんはクリエイティブ(制作)の仕事をしていたわけじゃありませんし、絵が下手でも仕事が出来ればいいんですが、それにしてもですよ、広告宣伝を統括する者が、あんなセンスでいいのかと、そうとう議論になりました。」
「はぁ、なるほど…。」
「このままでは内定は難しいかもしれません。」
我々はDさんに状況を伝え、彼のセンスの良さが分かるような資料はないかとたずねた。Dさんはすぐに現職A社で、自分が監修したパンフレットを送ってきてくれた。
その内容は充実していた。実際に使われたパンフレットだけでなく、採用されなかったデザインのものも含まれており、付箋のメモで、彼がどのような視点で監修をしたのかが分かるようになっていた。これを見たB社は、再面接をすることもなく、すぐに内定を出してくれた。
「キャリアを評価していただいて感謝します。やってみたい仕事ですし、先方にはよろしくお願いしますとお伝えください。」
内定を聞いたDさんはそう言いながら、どこか奥歯にものが挟まったようなところがあった。
「何か不安な点でも?」
「いやあ、私の絵、そんなにひどかったかなぁと。たしかに上手なわけではないですけど、特徴は掴んでいたはずなんですよ。」
「そ、そうですか。」
「あの時の絵、残ってなくて残念。実際にみてもらえば、きっとエージェントさんは悪くないって言ってくれると思うんですよねぇ。」
実は我々も、B社がデジカメで撮ったDさんの絵を、メールで送ってもらって見ていた。その論評は、ここではぜひ差し控えさせていただきたい。
「まあ、絵の善し悪しは、主観ですからね。」
そう言って笑うしかない我々なのであった。
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