面談ブースのドアをあけると、そこに座っていたのは、どう見ても堅気のサラリーマンには見えないひとりの男性だった。

＿＿

面談ブースのドアを開けてなかに入ると、「オゥ！」という威勢のいい声が飛んできた。
驚きを顔に出さないように注意していたつもりだが、それがうまくいったかどうか自信はない。なにしろDさん（33歳）は、胸のはだけた派手な柄シャツにおおぶりの金鎖のネックレス、濃いサングラス、というおよそ一般のサラリーマンはしないであろう出で立ちだったのだ。我々との面談は企業面接ではないので服装は自由でOKなのだが、スーツもしくはオフィスカジュアルでいらっしゃる方が多い。その中で、Dさんの格好は異彩を放っていた。

Dさんから事前に送られてきていた職務経歴書によると、現職は有名ホテル。フロント業務を経て、現在は内勤の企画職についているという。しかし…。

「アンタ、この仕事どのくらい？へぇ〜、結構長いね。いろいろ大変でしょ？」

面談中も、背もたれに大きく寄りかかり、今にも足をデスク上に投げださんばかり。担当エージェントを「アンタ」と呼んではばからず、言葉づかいもビジネスマンとしていかがかと思うもので、我々は本当にこの人がホテル勤務なのかと思わずにはいられなかった。しかし、仕事のことになるとDさんの話す内容は具体的で、彼がきちんとホテルで活躍していることを感じさせた。

とはいえ、Dさんを紹介して後々トラブルにならないのか…。我々は困惑しつつも、まずDさんに「面接の時は、きちんとした服装・態度で…」と念を押し、応募先の企業には「ホテル業界らしくないタイプの人ですが…」と、事前に予告をすることで、まずは様子をみることにした。
結果は思いがけないものだった。
「今日、面接にいらしたDさん、実に折り目正しい方ですね。ホテル業界らしくないと聞いていましたが、全くそんなことありませんでしたよ」
そんなはずはないと思った我々は、当初、替え玉面接さえ疑ったのだが、詳細を聞くと間違いなく、面接に現れたのは、我々のところに来たDさん本人であることが分かった。

その夜、Dさんに連絡。
「今日の面接ですが、結果は来週まで待って下さい。ただ、先方からはまずまずの評価をいただきましたよ。とても折り目正しいって。失礼ですが、正直驚きました」
「驚いた？悪いね、俺は仕事の時はキッチリやってんのよ」
「恐れ入りました。でも、そんなに両極端にしていたら、疲れませんか？」
「ハッハッハッハ。仕事とプライベートはきっぱり分ける主義なんだよ！」

Dさんの転職活動は、その後はごくごく普通に進んでいくことになった。ただ最終的には我々からの紹介ではなく、知人の紹介で外食企業に決まり、Dさんは最後の挨拶を電話でくれた。
「……ということで、その会社に行くことに決めたからさ、アンタには色々、世話になったね」
「お力にはなれませんでしたけど、内定おめでとうございます。Dさんの『べらんめぇ調』が聞けなくなるのが、少し寂しいです」
「ハッハッハ。べらんめぇ調か。それにしてもアンタら、こんな俺によく付き合ってくれたね。感謝するよ」
「いえいえ。でも、やっぱり不思議です。どうして、そんな風にしているんですか？」
「そりゃあ、俺のオヤジが職人で、乱暴な口調がそのままこっちに遺伝しちまったからだよ。若い頃はコンプレックスでさ、それを直したくてホテルを目指したようなところもあったんだ」
「そうだったんですか」
「仕事を離れると元に戻っちまうんだけどね。ただ、こうやっていることで役に立つこともあったね」
「どんな風に？」
「俺みたいなのが来るとマニュアル通りにやって、早くコトを済ませようとするやつばっかりなんだよ。でも、中にはちゃんと対応してくれようとする人がいる。そういう人は自分の接客に自信があるんだな。そういう人から、相手を怒らせない言い回しやユーモアのある接客術、そういうのをいろいろ学んだわけよ」
「なるほど。我々も最初は腰が引けていましたからね…」
「そりゃあおまえ、見てすぐに分かったよ。接客でいうと70点ってとこかな」

どうにかギリギリ及第はもらえたが、やはり最初のところで困惑が表情に出てしまっていたらしい。接客とはなんと難しいものか。精進あるのみである。