セレブといっても過言でないNさんが、転職で持った悩みとは…。

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世の中に、こんな人が本当にいるのだなあと思うことがある。Nさん（36歳）は才色兼備の女性で、そのキャリアにはため息が出そうだった。

資産家の令嬢として幼少期はヨーロッパで育ち、大学はアメリカのアイビーリーグから日本の大学という逆輸入コースを進んだ。卒業後は大手金融のコンサルタントとして活躍、四カ国語に通じ、年収は一時数千万というレベルにまで達していた。
3年半前、公認会計士をしている夫の栄転・海外赴任を機に、その仕事をアッサリ離れ、しばらくのあいだ、主婦業と子育ての日々。

今年、日本に戻り、両親・妹夫婦の家の近くに居をかまえたNさん、子供の成長もあって時間的余裕が出来るようになり、再び仕事を探すために我々のところに来ることになったのだ。
自分のコネで仕事を探せそうにも思えたが、「夫についていくと決めた時、会社の人たちに迷惑をかけたので、今更仕事は頼みにくいんです」とのこと。金融危機前だったので、猛烈な慰留を強引にふりきって辞めたのだそうだ。もっとも、その時仕事を離れたのは、その後の顛末を思えば、絶妙のタイミングだったろう。

3年超のブランクは決して小さくないが、それでも素養の高さ、語学力の確かさ、人柄の良さで、再就職も難しくはないと我々は見立てていた。
金融業界のスタッフ職・広報（IR）といった分野に絞って紹介を進め、面接の評判は上々で、すぐに内定も決まりそうだったのだが、当のNさんの方がなかなか踏ん切りがつかず、転職活動は宙に浮くかたちになってしまった。

彼女が、再就職に踏み切れない理由…、それは仕事をするモチベーションにあった。

そもそも、経済的に働く理由はまったくないNさん。再就職を考えたのは、「高等教育を受けた者は、社会に貢献する義務がある」という理念からだった。
しかし、多忙な夫がいる家庭の妻、幼い子供の母であることも事実。果たして、本当に働くことが良いことなのかどうか、そこが一番のネックになっていたのだ。
「夫も家族も『外の風にあたってこい』と言ってくれるんですけど、そんな風に言ってくれる家族を犠牲にしていいのかなって、ついつい考えてしまうんです。今でも十分幸せですし…」と、Nさんは我々に相談を持ちかけてきた。

Nさんの話をうけた担当エージェントは、以前、第二新卒を担当し、就職した会社を辞めて半ニート状態になりかけている若者達を社会復帰させた実績を持っていた。

ニート候補生の多くは、働くべきと頭では分かっているものの、最初の一歩を踏み出せず、いろいろな言い訳をしては社会から遠ざかろうとしていた。転職相談は、勤労がなぜ人生に大切かという哲学のところから始めなければならず、頭脳明晰かつ、やる気のない彼らとの対話は、ヘタをするとやり込められてしまいそうな危ういものであった。たとえば…

「過労やストレスで病気になる人がこんなに多いなかで、食べるものに困っていないのに、どうして働かなきゃいけないのかなあって思うんですよね。何より大切なのは健康、一生懸命働いたって、事故や病気を避けられるわけじゃないでしょう？」
「責任の重い仕事をするって、そんなに素晴らしいんでしょうか？世間の人は重責を担って奮闘する姿を誉めますよ。でも、責任イコールストレス。本人にとって幸せな人生ってどちらか分からないじゃないですか？」

信念を持ってそう言えるのなら、それも一つの生き方だろう。しかし、関わり合いをもった以上、転職エージェントとして伝えなければならないことがある。それは、『選択肢は後になればなるほど限られていく』ということだ。隠者になるのはいつでも出来るが、後になって組織のなかで働きたいと思っても、それは簡単に叶うことではないのだ。可能性がもっとも大きな瞬間、それが今現在なのである。

担当エージェントは、Nさんにも似たような話をすることになった。
「何がベストの選択かは、ご自身で考えてもらう他ありません。けれど、3年のブランクは決して短くない。もし、復帰をするなら早い方が良いでしょう。社会に貢献するという意味でも、より可能性は広がるはずです」

オシリに火がついているのに現実逃避を決め込んでいる若者と、悠々自適に暮らすことができるセレブのNさん、両者で我々のアドバイスは同じというのは、考えてみればおかしなことだ。