新規抗凝固薬登場のインパクトを探る
脳卒中やTIA既往患者で
頭蓋内出血の頻度少なさが利点に
東京女子医科大学 神経内科 主任教授
内山 真一郎 氏に聞く
新規抗凝固薬・ダビガトランが臨床現場に登場してから1年。それに次ぐ新薬として、第Ⅹa因子阻害薬のリバーロキサバン、アピキサバンの臨床現場への登場が期待される。日本人を対象にしたエビデンスも構築され始める中で、これらのエビデンスをどう解釈し、実臨床に活用するべきか。神経内科医の立場から、東京女子医科大学神経内科主任教授の内山真一郎氏に、エビデンスからみた新規抗凝固薬の特徴と、今後の期待について聞いた。
―新規抗凝固薬の利点についてどうみられていますか?
内山氏 まず、モニターが必要ない、ビタミンKを含有する食物の摂取制限がない、他の薬物との相互作用が少ない、などの利点があります。
これまでに構築されたエビデンスから、有効性・安全性両面で、ワルファリンに劣っていないと捉えています。さらに、これまで懸念されてきた頭蓋内出血の頻度をワルファリンに比べて有意に減少させることが解析結果で示されました。
特に、神経内科医の立場から、臨床試験の中でも、脳卒中や一過性脳虚血性発作(TIA)の既往がある患者を対象としたサブ解析の結果には注目していました。これまでに発表されたいずれのサブ解析でも、対象となった心房細動患者と同様に、頭蓋内出血の頻度が低いことが示されました。神経内科医も、安心して新規抗凝固薬を処方できるのではないかと思います。
異なる患者背景
浮かび上がる特徴は“頭蓋内出血の少なさ”
―3剤とも日本人を対象としたエビデンスが構築されてきたと聞いています。
内山氏 グローバル臨床第3相試験として、直接トロンビン阻害薬・ダビガトランは「RE-LY」、第Ⅹa因子阻害薬・リバーロキサバンは「ROCKET AF」、アピキサバンは「ARISTOTLE」が行われました。日本人エビデンスは、ダビガトランとアピキサバンがグローバル試験のサブ解析である一方、リバーロキサバンは日本独自の試験として「J-ROCKET AF」を実施しました。
ダビガトランの「RE-LY」では、ワルファリンの至適INR(プロトロンビン時間国際標準比)を日本人に合わせ、グローバル試験で用いた2.0~3.0ではなく、2.0~2.6と日本独自の基準を用いています。
一方、リバーロキサバンは、日本独自の用量を設定して実施された「J-ROCKET AF」が実施されました。患者数も1280例と心房細動患者を対象に日本で行われたランダム化比較試験(RCT)では最大規模です。RE-LYよりもエビデンスレベルは高いと言えますが、数万人を対象に実施されたグローバル試験と比べれば、一桁患者数が少ないので、統計学的に有意な有効性・安全性を見ることはできません。ただ、用量を日本独自で設定したこともあり、グローバル試験よりも少し良い傾向が見られ、少なくともワルファリンへの非劣性は示されていると思います。
アピキサバンの「ARISTOTLE」は、RE-LYと患者背景が比較的似通っているかと思います。グローバル試験全体と似通った結果ですが、リスク減少の絶対値から見ると、日本人データの方が良いかもしれません。出血性脳卒中が発生していない点もポイントで、日本人では、頭蓋内出血や消化管出血の頻度が低いということは、非常に良い成績だと思います。
―これら臨床試験の結果をどのように見られていますか?
内山氏 現段階で新規抗凝固薬の特徴として、頭蓋内出血の少なさが浮かび上がってきていると言えると思います。
薬剤間の優劣についても議論されますが、対象患者や試験デザイン、投与頻度、INR至適範囲内時間(Time in Theraputic Range: TTR)やINR、平均CHADS2スコアも異なります。脳卒中やTIAの既往歴の割合も異なっています。RCTは無菌室で行われているような試験ですので、市販後調査(PMS)の結果も含めて総合的に判断しないと、今の時点で優劣をつけることはできませんので、結果の解釈には注意が必要です。
消化管出血の減少効果は「ワルファリンよりも優れているとは言えない」
―新規抗凝固薬の安全性についての課題とは?
内山氏 臨床試験で報告される出血は、頭蓋内出血と頭蓋外出血に大別されますが、頭蓋外出血で最も頻度が高いのが消化管出血です。
ただ、消化管出血については、新規抗凝固薬は必ずしも、ワルファリンよりも優れているとは言えないと思います。特に、直接トロンビン阻害薬・ダビガトランの「RE-LY」の結果では、この傾向が顕著に見られ、ダビガトラン高用量ではワルファリンを上回る消化管出血が報告されています。
PMSの結果が明らかなのは、ダビガトランだけですので、まだ他の薬剤については分かりません。ただ、ダビガトランは生物学的利用能(BA)が低いことや、腎排泄が90%以上を占めており、腎機能低下例や高齢者では出血に対する影響も大きいと思います。
昨年、ダビガトランをめぐっては、厚労省の指導でブルーレターが出され、出血に対する注意喚起がなされました。
この背景には、発売当初、モニターが必要ないということが医師に安全と捉えられた結果、一般内科医を中心に、抗血小板薬と同様に気楽に投与されてしまったことが挙げられます。
その結果、禁忌である高度腎機能低下例へも投与されてしまい、出血から死亡に至った症例が複数報告されました。注意喚起がなされた効果もあり、最近ではほとんどこのようなことは起きていないと聞いています。
投与の適応基準遵守で安全性も担保
―今後の新規抗凝固薬の展望をお聞かせください。
内山氏 腎機能低下例や高齢者、抗血小板薬を併用せざるを得ない患者さんでは、出血、特に消化管出血のリスクが高いので、注意することが必要だと思います。
東京女子医科大学では、これまでに重篤な出血の発現はありません。適応基準を的確に遵守すれば、安全性を担保した上で、有効性が期待できると思います。薬価の問題もありますが、利便性という点では非常に優れています。
特に、頭蓋内出血が少ない点は循環器領域の先生以上に神経内科の領域ではアドバンテージになります。今後、自然に処方件数は増えていくのではないでしょうか。
ただ、長期間、ワルファリンでコントロールできた患者に、新規抗凝固薬に変更する必要があるか。これは、1つの課題です。医療経済のデータも報告され始めましたが、INR検査を加味しても、ワルファリンは圧倒的に価格が安く、ワルファリンが臨床現場からなくなることはないと思います。
実際、患者は高齢者が多く、自己負担率も増加してきています。薬価に対する感覚は、患者さん一人一人で異なりますが、薬価を気にされる方が増えているのは事実です。医師にとっても薬価は、安い方がよい。この医師の感覚は、むしろ患者さんと近いのではないかと感じています。
(インタビュー 望月 英梨)