恵寿総合病院に見る医療ICTの取り組み (1/3)
公開日時 2015/07/31 00:00
マルチチャネル3.0研究所
主宰 佐藤 正晃
外部からのアクセスを可能にしたカルテ、フリーアドレス制のユニバーサル外来――。社会医療法人財団董仙会恵寿総合病院(石川県・七尾市、426床)は、IT環境をインフラとした先進的な取り組みを進め、医療の効率化を進める。これまで患者情報の共有を阻んできた“安全志向”の医療の壁を打ち破ったのは、同院の地域医療全体を考えた上で構築される“ビジョン”を実現する勇気とも言える。医療ICTの先進的な病院である、恵寿総合病院を取材した。
石川県・金沢駅からJRの特急で1時間、さらに車で5分ほど。日本海を望む絶景の地に恵寿総合病院はある。先端医療や急性期から慢性期、介護、福祉まで包括的に医療を提供する地域中核病院だ。少子高齢化の進行スピードが早い地域だ。
同院には、「内科」や「外科」など診療室はみられない。診察室は、診療科の代わりに、1番からの背番号制で数字が記載されている。その日によって診療科や診察する医師も変わる。企業内のどこで仕事をすることも可能にした、フリーアドレスのいわば医療版とも言える“ユニバーサル外来”を敷く。診察室はすべて同じ大きさで、ベッドやPCなど備え付けられている設備も同様だ。患者にとっては、診察室までの移動時間が短くてすむ。診察室を効率的に設置することで、広い廊下や手術室の確保など、スペース上のメリットがあったほか、受付業務も1か所ですむほか、コスト削減や効率化も進んだ。
クライアント仮想化でどこでも
患者情報にアクセス
同院のこうした取り組みを支えるのが、ITを活用した同院のインフラ“けいじゅヘルスケアシステム”だ。多くの医療機関では、診察室に固定された自身の専用端末を使用しなければ、検査データなどの患者情報にすらアクセスできない。しかし、同院では、クライアント仮想化をシステムに取り入れることで、どの端末からログインしても、常に自身の専用サイトにアクセスできることを可能にした。つまり、専用端末がなくても、自身の受け持つ患者情報にアクセスすることが可能になるというわけだ。
同院ではサーバールームに仮想化用サーバー8台、クライアント仮想化用サーバー12台(仮想コンピューター:6台)、部門システム用サーバー12台を置く。これを通じ、同院の560台のコンピューターと法人内各施設のデータ共有を可能にした(図1、図2参照)。
同院の山野辺裕二情報部長(形成外科科長)は、「各施設をひとつの病棟に見えるように構築している点が特徴。使ってみてはじめてその利便性の高さに驚く」と同院のシステムを語る。高齢者が多く診察に訪れる同院では、老人保健施設に入所しているケースも少なくない。「廊下で転倒して頭をぶつけた」、「巻爪がひどくて、自分できると血だらけになってしまう」――。合併症や予後の急激な悪化も懸念される高齢者だけに、情報の共有化により、自身の診察した患者をフォローアップできるメリットは大きいと山野辺医師はみる。システムをサポートするコールセンターでは、施設からFAXで送付されてきた患者情報の入力業務も行っており、医師の負担軽減も図られている。
さらにこの取り組みは一歩前に進み、現在では医師が外からでもカルテを閲覧、記載することも可能になった。夜間に自身の患者の急変した際などは、医師が病院にかけつけなければならないケースもあった。しかし、このシステムが導入されることで、レントゲンなどの検査データや患者情報を病院の外からでも閲覧でき、指示することも可能になった。医師の業務の効率化、改善にもつながり、ライフワークバランスへの寄与も期待されるところだ。山野辺医師は、「セキュリティーと利便性を両立した」と語る。
同院は、1994年からこうしたシステム構築をすすめてきた。物流システムや統合オーダリングシステムの導入を皮切りに、システムを導入した。この背景にあるのは、理事長が描く病院の“ビジョン”。ビジョンなくしては、システムが導入されても医療の質向上にはつながらない。「神野正博理事長自身が旗振り役となって、ビジョンがあってこそこれまで実現してきたのではないか」と山野辺医師も語る。医療ICTは、病院のビジョン、ガバナンスがあってこそ、その実現に向けて力を発揮すると言えそうだ。(取材・記事 望月 英梨)
マルチチャネル3.0研究所とは:(MC3.0研究所)
「地域医療における製薬会社の役割の定義と活動スタイルを定義することを目的にして、製薬企業の新たなる事業モデルを構築し地域社会並びに患者や医師をはじめとする医療関係者へのタッチポイント増大に向けたMRを中心とするマルチチャネル活用の検討と実践を行う研究機関」である。設立2015年4月主宰 佐藤正晃