A社とB社は、長きにわたってシェア争いを続けてきたライバル同士。その狭間にたたされたKさんの運命は…。

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A社とB社はともに老舗の日用品メーカー。企業規模は中堅といった程度だが、主力製品のシェアでは、この2社が長年トップを争ってきた。

A社に勤務する商品開発Kさん（29歳）は、個人的（恋愛）問題を抱えて、転職を考えていた。同じ部署の男性と別れることになったのだが、専門職のため異動を申し出ることが出来ず、元彼とデスクを並べて働き続けていたのだ。
「今の仕事は、とても気に入っている」というKさん、必然的にもっともマッチするのはB社の同じ職種ということになる。

だが、彼女は「B社への転職は無理です」と、首を振った。

A社とB社のあいだには、は「お互いの従業員（元社員）を雇用しない」という不文律があったのだ。
思い起こせば、むかしはそうした不文律なり、仁義なりが、どの業界、どのライバル企業間にも存在した。転職が一般化して、すっかり過去の遺物化していたこの慣行だが、A社・B社という限定的な世界では生きていたのである。

「2社はまったく交流をしません。A社社員はB社を目の敵にしていますし、B社はA社を出し抜ければ大喜び、そんな関係なんです。あの会社へだけは転職出来ないと社員なら誰もが知っています。もし私がB社にいったら、いろいろ詮索されて、プライベートのことを知られてしまうかもしれません。そんなのは恥ずかしいし、絶対に嫌です」

Kさんの言うのはもっともだが、せっかく築いたキャリアをリセットしてしまうのも、もったいないことだ。何か手はないのか…。
B社の人事担当者をよく知っていた我々は、Kさんの了解を得て、彼女の名前を出さないことを条件に、取りあえず相談をしてみることにした。

「A社の社員の方で、個人的な問題で転職を希望されている方がいるんです。どう考えても、B社の求人がピッタリなんですが…」
「A社の人は採らない方針なんですよ。オーナー企業ですからね、上が首を振らなければ、どうしようもありません」
「社長と直に話が出来ませんか？」
「伝えてみましょう。でも、期待はしないで下さい。なにせ仇敵A社のことですから」

程なく、我々はB社のトップに直談判することになった。
事情を説明すると、B社の老社長はあっさり「分かりました」と言ってくれた。
「ただ、詮索されるというのはその通りなので、その対策を考えないと。25年も前ですが、A社の人がB社に転職した前例があるので、それを参考に、知恵を出せばきっとなんとかなるでしょう」

「本当にありがとうございます。A社とB社はライバル意識が強いとうかがっていたので、受け入れてもらえないと思っていました」
社長は笑った。
「ええ、A社とB社は、お互いが大嫌いなんです」

社長の話によると、A社とB社は初代社長同士の仲が最悪で、以来、業界では有名な犬猿の仲なのだとか。
「60年間のライバル関係なんですよ」
「す、すごい年月ですね。しかし、時代も変わっていますし、そろそろ交流をもっても良いのではないですか？」
「たしかに、転職という面では不都合がありますね。しかし、これは私たちの財産なんですよ」
「財産？」
社長はまた笑った。
「初代は個人的にお互いを嫌っていましたが、今はそんなことはありません。むしろ尊敬しています。A社の三代目は、三代目らしからぬやり手でね。私たちは競いあうことで強くなってきました。どうしたらライバルに勝てるか、それを真剣に考えることで自身を成長させてきたのです。A社がいなかったら、B社はとっくに倒産していたでしょう。逆も然りです。この移り変わりの速い時代に、60年来のライバルがいるということが、どれだけ貴重か、わかりますか？」

スポーツでよく使われるグレイトライバリーという言葉がある。相手を倒すために全力を尽くす。表面上、仲良くすることは決してない。だが、胸の奥では互いを尊敬している。そんな競争関係のことだ。
2社はこれからも互いを嫌いあっていくのだろう。なんとも羨ましい関係ではないか。