就職してから15年間、ひとつの会社で働き続けたOさん。
１社経験は、ときに「きれいなキャリア」とも言われるのだが…。
 

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人材業界では、転職歴が少ないことを「きれいなキャリア」と呼ぶことがある。

こんなことを言うと「転職のお膳立てをする転職エージェントが、転職を汚いと思っているのか？」と批判を浴びそうだが、まだまだ転職歴がマイナスに作用することが多いのも、厳然たる事実だ。「うちは3社経験（転職2回）以上の人は採用しない」と明言する大手企業の人事も珍しくはない。

だが、時は少しずつ移り変わっている。「きれいなキャリア」と言われ好まれた1社経験も、今はそれほどの価値を持たなくなり始めている。場合によってはデメリットにさえなり得るといったら驚かれるだろうか。

Oさん（38歳）は新卒で大手建設機械メーカーA社に入社。以来、15年間、関連会社に出向することもなく、職務経歴上は実にきれいなキャリアを保ってきた。
A社が業績不振になったことはこれまでもあったが、新人時代1年間を営業所で過ごした期間以外、ずっと本社勤務の人事・総務畑だったOさんは、自分はこのまま本社に残れるだろうと予想していたようだ。
しかし、状況は突如として変わってしまう。転居を伴った出向が内々に決まり、家族との別居を望まないOさんは、転職に踏み出さざるを得なくなった。

1社経験で10年以上を過ごした人には珍しくないのだが、職務では十分な経験を積んだベテランなのに、こと自分の転職になると世間ズレしてしまう人は多くいる。
Oさんもその1人で、転職に関しては夢見がちな第二新卒とさして変わりがないようなことをしばしば口にしていた。

例えば、英語での実務経験がまったくないのに、突然「外資系のこの会社は自分にどうでしょう？」と聞いてきたり、新聞に記事が出たから「この会社のこのプロジェクトの求人はないのでしょうか？」と問い合わせてきたり…。
こうした甘い認識は、面接でもひょっこり顔を出してしまうもので、Oさんは当初、選考に落ち続けることになった。

それなりに自信をもって臨んだ転職がうまくいかない。楽観的なOさんも自問をせざるを得ない事態に追い込まれた。ただ、何がいけないのかしっかり考え、自分で修正が出来るあたりは、大手企業でもまれた経験と、もともとの資質の高さだろう。
Oさんは最初の様子を思えば、かなり早く転職のカンどころをつかみ、連続して良い結果を出すようになっていった。

そして、そのOさんが特に惹かれた企業があった。大手メディカル系企業B社である。

B社は合併をした関係で、さまざまな社内制度を整備する必要に迫られており、総務に強い人材をさがしていた。A社で合併を経験しているOさんは、キャリア的にはB社にベストマッチ。面接の相性もよかったようで、異業界ながら当初、両者は相思相愛に思えた。

だが、最終面接後すぐ開かれた採用会議で、Oさんは「残念ながら…。」という結果になった。有望に思えただけに、我々は出来るだけ詳しい理由が聞きたいとB社に求めた。
B社が最終的にOさんのどこに不安を覚えたのか、それはある意味ショックな内容だった。採用会議に同席した人事によれば、おもに次のようなことが役員のあいだで話し合われたというのだ。

「彼のような1社経験で場数を踏んでいない者に、最後のところで踏ん張れるメンタリティがあるだろうか？」
「転職経験がないので、適応力に不安がある」
「B社が2社目なら、またすぐに転職しようと思えば、良い会社が見つかるだろう。仕事を投げ出して、すぐまた転職してしまうかもしれない」

「転職歴が多い＝こらえ性がない、周囲に適応する力が低い定着が不安」と捉えられるのが一般的で、1社経験者は腰を落ち着けて仕事をするタイプと思われるはずだ。
それがOさんの場合は、1社経験だからメンタルのタフさに疑問がつく、1社経験だから適応力がない、すぐまた転職してしまうかもしれないと言われたのだ。

転職エージェントの会社がこういうことを書くと、煽っているだけと思われてしまうのかもしれないが、現場での実感として言えることがある。
転職活動において、1社経験は今でも「きれいなキャリア」と言われる。しかし、1社経験は場合によっては、特に年齢次第では、ネガティブにも捉えられる。
少しずつ、この国の転職に対する意識が変わり始めているのだろうか。