20年以上のキャリアを持つSさんは、職務経歴をまとめようとして「空白の1年」があることに気がついた。

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日用・雑貨の商品企画Sさん（44歳）は、ゲーム・玩具企画会社から大手日用品メーカーに転職し活躍、その後はコンビニ系企画会社に移るなど、20年以上にわたっていろいろな企業を経験してきたベテランだ。彼の関わった企画のなかには、25歳以上なら誰もが「へぇ、アレを作ったんですか！」と叫んでしまうようなヒット商品もあり、かなり目を惹くキャリアの持ち主だった。

Sさんと直接お会いして話した印象は、おもちゃ箱をひっくり返したような雑学の宝庫。とにかく、頭の中にいろんなアイディアがつまっていて、次々と話が湧いてくる。こんなに楽しい面談はないというような内容だったが、唯一、困ったことがあった。
彼の話同様、職務経歴書にもいろいろ項目が目いっぱい書き込まれていて、とりとめがなくなっていたのだ。

「僕は断捨離ができないタイプなんですよ。関わってきた商品、全部に思い入れがあってどうしても捨てられないんです。それにヒットしたモノより売れなかったモノの方が、自分が成長した時期だったりもしますしね」

作り直しをお願いすると、Sさんは我々に書類作りを一緒にやって欲しいと頼み込んできた。あまりキャリアのある方はしないことなのだが、我々はSさんの職務経歴書づくりのお手伝いをすることになった。

数日後、メールで送られてきて資料をまとめてポイントを整理、すぐにたたき台となるレジュメは出来上がった。が、電話で連絡をするとSさんの声に面談の時にあった明るさがない。どうしたのか尋ねると、Sさんはこう言った。

「むかしのファイルやらなんやらを整理してみたんですけど、約１年間、どうしても思い出せない期間があるんです。どの商品の企画をやったのか、そういうデジタルな部分は出てきているんですけど、サブストーリーというかな、その時、どんなことを考えていたとか、開発の裏事情とか、そういうのがいろいろあるはずなんですけど、どうも記憶がなくて…。僕はそういうことが少ないので、気になってしまうんですよ」

Sさんは、どんな小さな仕事もこだわりを持ってやってきたことをひとつの誇りとしていた。「流してやる仕事を最も嫌う」と面談でもハッキリ言っており、10年以上前のこととはいえ、思い出せないというのは、かなりショックなことだったようだ。
転職活動に大きな支障はなかったが、メール連絡時に突然「1996年前半って、社会的にどんなことがありましたっけ？」などと書かれていたり、彼が「空白の1年」を気にしている様子は時折、我々にも伝わってきていた。

結局、Sさんの転職はいいところまで行きながら、採用に至らないということが続き、そうこうしているうちに現職でまたSさんのやりたい仕事が出来ることになったことから、良い形で活動中止となった。

最後の挨拶で、Sさんは「結局、無駄骨を折らせてしまってすみませんでした。ただ、僕にとっては、とても意味もある転職活動でした」と、気づかいをみせてくれた。
我々はふと、「そういえば『空白の1年』のことは思い出しましたか？」と聞いてみた。彼の答えはこうだった。

「ええ。あのあと、手帳がでてきたんです。でも、読み返してみても、書いてあるのは仕事のことばかり。何を考えていたかとか、そういうことは一切ないんです。雑念だらけで生きているこの私が、ですよ。本当に没頭していたんだなって、自分のことなのに嫉妬心すら芽生えましたね。もう一度、あの時のように働いてみたい、そう思っています」

キャリアの棚卸しをしてみると、意外に思い出せない期間があったりするものだ。だが、そのあいだも、間違いなく仕事は続いていたはず。悩み苦しんだ時、成功に酔いしれた時、記憶に残るのはそうした期間だが、無我無心に働く日々、ひょっとすると、そこにこそ真に自分が磨かれている時間があるのかもしれない。