長年採用をしてきたNさんは、初対面の人に会って話を聞くのを人生の楽しみとするようになっていた。

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リクルートエージェントでは、基本的に、転職者のサポートをする転職エージェントと企業側の担当者は別になっている。しかし、転職エージェントがまったく企業を訪問しないわけではない。
難しい要望の求人があるときや、採用数の多い企業には、我々エージェントが直接訪問させていただいて、現場責任人者に面会し部署の様子を見学、職場環境・会社の風土を肌で感じ、それを転職者の方に伝えるということもある。

ホテル・娯楽施設経営のA社への訪問も、そうした企図からのものだったが、普段面接に使っているという会議室に通されるやいなや、我々は採用担当Ｎさんから質問攻めにあった。

「エージェントには新卒での入社ですか？転職ですか？」
「では、この仕事をされる前は、どんな仕事をされていたのでしょう？」
「どうして転職エージェントになろうと思われたのですか？」
「面談をするときに、一番気をつけていることは？」

決して詰問口調ではない。当たりの柔らかい口調で、喋りやすい雰囲気をつくりながらではあったが、Nさんの質問の内容はまるで面接である。訪問の目的を考えれば、質問をしなければならないのは、こちらの方なので、我々は内心、困惑しつつNさんへの返答をしていた。

我々の様子に気がついたNさんは、申し訳ないといった様子で頭を掻きながら、笑った。
「申し訳ありません。どうしてもこういうシチュエーションになると、ついつい根掘り葉掘り、いろいろ聞いてしまうんですよ」

A社はここ10年成長を続け、社員数も大幅に増えてきた。そのなかで、入社後すぐに人事に配属、長く新卒・キャリア採用、双方を任されてきたNさんは、初対面の人と会うと、ついついその人のバックグラウンドを知りたくなってしまうのだとか。つまりは職業病なわけだ。
奇妙なスタートだったが、その後、我々はNさんの的確なガイダンスのもと、各部署を周り、必要なヒアリングを済ませてA社を後にすることが出来た。

それから約2年後のこと、Nさんが我々のところに転職相談にやってきた。A社の業績が落ち込み、先行き不安な上、マネージャーに空きポジションがなく、昇進の見込がないというのが転職動機だった。

転職活動に入ったNさんは、すぐにいくつかの会社から面接に呼ばれることになったが、面接後に感想を聞くと「聞かれるばかりで、こちらが聞けない。つらかったです」という。
「そうでしたか？あの会社は、面接後に質問を受ける時間を長めにとってくれるし、答えもとても率直だと聞いているのですが」
「いやいや、会社に関する質問じゃないんですよ。面接でお会いした人達のこと、いろいろ聞きたくなってしまうんです。でも、面接に来た側がいろいろ聞くのは、いかにも失礼でしょう？必死に自重しました」

現職A社が採用を減らし、面接する回数が大幅に少なくなったNさんは、「面接せずにいられない」職業病が更に深刻になっている様子だった。彼は「正直、どこかの自己啓発セミナーにでも参加して、初対面の人にたくさんあって、いろいろ聞きまくりたい気分です」とまで、我々に打ち明けていたくらいなのだ。

物流サービスB社で内定が決まった時、Nさんは「これでまたバリバリ仕事が出来ますね。楽しみです」と、採用業務に携わる機会が増えることを、喜んでいる様子だった。しかし、震災の影響で転職先のB社も、やはり採用を手控えざるを得ない状況になり、Nさんには人事評価法など採用以外の仕事があてがわれることになった。
「そろそろ他の人事キャリアもつけておきたいと思っていたので、これは有り難いチャンスです」と、意外にもNさんからは、B社に満足しているとの連絡があった。

一方、B社からは、
「Nさん、よくやってくれてますよ。人事として、社員ひとりひとりと話がしたいって、各部署まわってくれたりしてね。ただ、熱心すぎるというのかな、話が弾むと、プライベートなことまでいろいろ聞いてきて、『お見合いの相手でも紹介してくれるの？』みたいに思ったスタッフも何人かいるみたいです。まあ、熱心すぎての勇み足ということで、気にしてはいませんよ」

この社員インタビューにより、Nさんの面接中毒はとりあえず治まっているようだ。しかし、話し合いが一通り終わったあとはどうなることか…。少しばかり心配な我々なのであった。