上司との関係に悩み、落ち込んでいたSさん、転職のなかで自信は取りもどしたのだが…。

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転職の理由をつきつめていくと、多くは人間関係にいきつく。多少の不満はあっても、毎日顔を合わせる人たちと信頼関係があるなら、なんとかやっていけるもの。だが、それが崩れてしまうと、ネガティブな心理ばかりが募ってしまうものらしい。

マーケティング職Sさん（28歳）の転職理由は上司との関係にあった。
「半年くらい前から、会社に行くのが苦痛で苦痛で…」
コンサルティング事業A社で順調にキャリアを重ねていたSさんの前に、今の上司が現れたのは1年前のこと。やり手の女性上司ということで、対人関係（特に女性）に奥手なSさんは、接し方に戸惑い、最初に少し距離をおくような態度をとってしまった。これがボタンの掛け違いの始まりで、そこから関係は悪化の一途を辿っていったのだ。

「最初に悪かったのは僕の方ですが、今ではあらゆる場面で標的にされてしまっています。みんなの面前でこき下ろされる毎日、つらすぎます」
たしかにSさんの表情には、はっきりと心労の色が出ていた。
「それはSさんに期待しているからなのでは？」
「そう思うように努力しましたが、いまや上司からは、真顔で転職を勧められているんです」
「人事に相談は？異動願いは出してみましたか？」
「はい。ですが、新しいプロジェクトにアサインされたばかりで、最低あと1年はスタッフを動かせないというんです」
「なるほど、分かりました。では、求人案内をはじめましょう」

仕事自体に大きな不満はないというSさん。マーケティングとしてみっちり5年のキャリアを積んでいることもあり、同じ仕事での転職なら、大いに有望だった。問題は、この1年ですっかり自信喪失している彼のマインド、その部分をなんとかしようと、我々はSさんに声を掛け続けることになった。

「1年前まで、自信を持って仕事に向かっていたときのことを思い出して」
「書類選考は半数以上の会社で通っています。それだけ評価されているんですよ」
「良い転職をして、上司を見返してやりましょうよ」

最初は自分の市場価値に懐疑的だったSさんだが、面接の応対さえしっかり出来れば選考に勝ち残れるという現実は、これ以上ない薬になる。徐々に自信を取りもどし、ついには応募したなかで、もっとも難易度が高いと思われる、現職の競合B社で内定を勝ち取ってしまった。

まさかのステップアップに小躍りするSさん、しかし、その内定以上に彼を喜ばせたのは、その後の展開だった。
B社のオフィスはA社のすぐ隣のビルにあり、競合ということもあって人的交流も多かった。SさんはB社から内定をもらった事実を隠すことに意味はないと考え、転職先をあきらかにした上で辞表をだした。Sさんの上司は特に問題はないと思っていたようだが、A社の経営は目の色を変えた。
「B社で内定をもらえる人材が、どうしてこの1年、こんな低評価だったのか？」
と、上司を厳しく叱責したというのだ。

「それに対して上司は、『女性であることを理由に私が反抗的な態度をとった』と言ったらしいんですよ。ところが、偶然にもB社の新しい上司も女性なんです。ここで良い仕事をすれば、その話はA社にも必ず伝わりますから、ますます上司は困った立場になるというわけです。頑張りますよ、僕は！」

いとしい恋人をおもい『なお恨めしき　あさぼらけかな』と百人一首に詠んだのは藤原道信、これなら趣きもあろうものだが、転職して『なお恨めしき　元上司かな』では、どうにも聞こえがよくない。
「新しい舞台に立ったのですから、前の会社の嫌なことなど忘れましょうよ」
と、Sさんに言ってはみたものの
「上司を見返してやりましょうと言ったのは、エージェントさんじゃないですか！」
と、言い返されて言葉に窮してしまった。

転職に成功して、自信とアグレッシブさを取りもどしたSさん。本人にとってはもちろんこれで良かったのだろうが、人間的には、転職前の少しおどおどしていた彼の方が、好感が持てたように思えてしまう我々なのであった。