内定をもらいながら辞められない転職者たち。彼らが抱えた問題とは…。

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当たり前のことだが、転職をしようとする人は、（程度の差こそあれ）現職の会社を辞める心づもりが出来ているものだ。ところが、実際には内定が出てから「辞めることが出来ません」と言い出す人も少なくない。
「転職活動をしてみて、現職の良さに気がついた」というなら、ある意味納得できるのだが、意外に多いのは「今の会社が酷すぎるから辞められない」という悲惨なケースの方なのである。

化粧品メーカーA社の営業、Eさん（26歳）は、希望していたメディカル業界で内定をもらい、好条件のオファーを受けていたにも関わらず、内定を辞退したいと言ってきた。
「今の会社は忙しすぎるから、早く辞めたいと仰っていたのに、何があったんですか？」
激務に次ぐ激務。毎日深夜まで働いて、日程調整の連絡を取り合うのにも苦労したEさん。面談で聞いた「非人間的な生活から脱したい」という彼の訴えは、差し迫ったものに聞こえたのだが…。
我々の問いかけに、彼は力なく返事をした。

「その思いは変わっていません。むしろ以前にましてそう思うようになったかな…。けれど、僕が辞めたら、その分の負担は同僚にいくんです。罪悪感にさいなまれたまま、新しい会社に行くことは出来ません」
「引き留めにあったんですね？」
「（会社の）本部からはありました。でも、同僚・先輩たちは祝福してくれているんですよ。それがかえって辛くて…。自分たちはこれから僕の尻ぬぐいをするのに、『頑張れよ』って。あんな良い仲間を裏切れません」
「仕事の割り振りは、本来A社の経営が考えること。Eさんはご自身のキャリアを第一にしなくては」
「時期を見て、また必ず転職活動をするつもりです。ですから今回だけ、今回だけは許してください」
『許してください』…数十分も話したなかで、Eさんの声に一番力がこもったのがこの言葉だったのは、我々にとって寂しい事実だった。

金融B社のSさん（34歳）は、「あまり何度も転職をするのは性に合わない」と、じっくり腰を落ち着けて働ける会社を探してきた。転職活動期間はかなり長かったが、ようやく納得できる会社に巡りあい、財務職の内定を得ることが出来た。
しかし、退職交渉をはじめてから一週間、その内定を断らなければならないという連絡が…。それは、Sさんが担当してきたクライアントのためであった。

「私の仕事は、信頼している上司に引き継いでもらうつもりで準備をしてきたのですが、B社は、私の担当クライアントを審査部にまわして内容をチェックすると言いだしてきたんです。私が不正をしていたわけではありませんから、ほとんどの企業は問題ありません。けれど、震災でダメージを受けた数社については、特別な配慮が必要で、額面通りに数字を見れば、支援の継続は難しくなるでしょう」
「つまり、被災企業を人質に、Sさんに会社に残るよう脅してきたということですか？」
Sさんは、我々の明らかな非難の言葉にも冷静さを保っていた。
「誰かが辞めた後に、問題が発覚したケースは以前にもあったので、社内のルールで言えば、審査部が絡んでくるのは異例のことではありません。私のワキが甘かったんです」
「しかし、この状況で転職を取りやめても、B社内のSさんの将来は…」
「分かっています。私もB社に10年以上いますからね。しかし、我が身可愛さに被災した人たちを見捨てるほど、腐ってはいないつもりです」
Sさんの声は決然としていた。彼の転職の前に立ちはだかったのは、金融マンの矜持だったのだ。

本人のことだけを思えば転職すべきなのに、それが叶わないというのは、実にやるせないものである。唯一の救いは、Eさんが言っていたように、チャンスは一度ではないということ。時期がくれば、この二人は必ず活躍の場を変えることになろう。
ただ、その時にまた希望通りの転職が可能かどうか…。それはその時の縁、そして本人と転職エージェントの力量にかかってくるのだろう。