新規抗凝固薬・ダビガトランは、心房細動患者への心原性脳塞栓症の発生予防の目的で2011年3月に臨床現場に登場した。出血や食物・薬物との相互作用など、標準薬であるワルファリンの課題を克服する薬剤として注目を集めているが、処方を変更した患者の35%がワルファリンを評価するとのデータも出始めた。今後、さらなる新規抗凝固薬として、第Ⅹa因子阻害薬の登場が期待される中で、各薬剤の位置づけはどうなるのだろうか。学会最終日の3月18日に開かれたコントロバーシー「ワルファリン vs 新規抗凝固薬」の内容から今後の抗凝固療法を展望する。
福岡山王病院・熊谷氏 「第Ⅹa因子阻害剤の利便性に期待」
福岡山王病院・ハートリズムセンター長(国際福祉大学大学院教授、福岡大学医学部臨床教授)の熊谷浩一郎氏は、第Ⅹa因子阻害薬を推奨する立場から、「同剤の効果と安全性はワルファリンと同等あるいはそれ以上の効果と安全性を有し、利便性に優れている」と期待感を示した。
熊谷氏は、患者に行ったアンケート調査の結果を紹介。ワルファリンの服用で嫌なことは何か聞いたところ、「出血が心配(75%)」、「食事制限がある(53%)」、「定期的な血液検査(19%)」との結果だったとした(複数回答)。その上で、新薬に期待することとしては、「出血の副作用が少ない(76%)」、「食事制限がない(61%)」「1日1回1錠でよい(21%)」「血液検査が不要(19%)」だったと説明。患者心理として、出血への不安が大きいことを紹介した。
ワルファリンからダビガトランに処方が変更された患者にどちらの薬剤がよいかたずねたところ、「ダビガトラン」が65%を占めたものの、「ワルファリンの方がよかった」も35%を占めた。
ダビガトランがよいと答えた人は、「食事制限がなくなった(86%)」、「INR検査が減った(27%)」、「脳梗塞の不安が減った(13%)」、「錠数が減った(11%)」、「出血の不安が減った(11%)」ことを理由に挙げた。
熊谷氏は、この結果について医師がエビデンスに着目する一方、患者は食事制限の有無を重視するという点で、両者間で薬剤や治療への意識が異なることを指摘した。
一方で、ダビガトランに代わって良くなかったこととしては、「薬代が高くなった(59%)」「2週間しか処方してもらえない(59%)」、「消化器症状が出た(32%)」、「出血の不安は減らない(18%)」、「1日2回服用になった(16%)」、「脳梗塞の不安は減らない(2%)」との結果になった(表参照)。
熊谷氏は、今後登場する第Ⅹa因子阻害薬への期待として、出血への対策を挙げ、作用機序の観点から、第Ⅹa因子阻害薬は、ある程度トロンビンによる止血機構が温存されていることや、腎機能低下例でも「(出血の)心配も少しは緩やかになる」との見解を示した。
第Ⅹa因子阻害薬としては、リバーロキサバンとアピキサバンの2剤が近く臨床現場に登場することが見込まれる。熊谷氏は、両剤のこれまでのエビデンスを紹介した上で、リバーロキサバンの強みとして、日本人でのエビデンス(J-ROCKET AF)があること、1日1回投与であること、消化管出血が少ないことを挙げた。
一方、アピキサバンについては、臨床第3相試験「ARISTOTLE」の結果について、「非劣性試験だが、優越性まで得られた」と説明。ISTH基準による大出血も、ワルファリンより有意に減少したことや全死亡を有意に減少させたことから、「これまでで一番いい結果」と述べ、エビデンスが同剤の強みとの見方を示した。
大分大・高橋氏 「ワルファリンは高齢者やハイリスク患者で役割」
大分大学医学部臨床検査・診断学講座(循環器内科)准教授の高橋尚彦氏は、ワルファリンを推奨する立場から、これまでの使用経験が蓄積されていることから、幅広い患者に対する処方が可能であることを長所に挙げた。
心房細動患者におけるワルファリンによる治療実態として、高橋氏は2009年に開始された登録研究「J-RHYTHMレジストリー」の結果を紹介した。
同研究に登録された対象は、CHADS2スコアが1点の脳卒中発生低リスクの患者が34%を占める。高橋氏はこれらの患者が、「抗凝固療法を行うべきか。行うとすればどの薬剤を使用すべきか、判断が難しい」と指摘。ダビガトランの位置づけを明確にする目的で2011年8月に公表された「心房細動における抗血栓療法に関する緊急ステートメント」では、CHADS2スコア1点の患者に対し、ワルファリン考慮とした一方で、ダビガトランを推奨としている。
循環器専門施設を多く含む同研究では、ワルファリン投与率は87.3%と高率である一方で、至適INR達成率は平均53%にとどまった。INR至適範囲内時間(TTR)は70歳以上では80%、75歳以上は75%だったが、70歳未満では50%未満だった。
日本循環器学会が定める心房細動治療(薬物)ガイドライン(GL)ではINR目標値は、70歳未満で2.0〜3.0、70歳以上で1.6〜2.6を推奨していることから、高橋氏は、「実地臨床の先生方が、おそらく年齢に関わらず1.6~2.6にコントロールしておけば、出血も少なくて脳塞栓も抑えられるというイメージで治療している結果ではないか」との見解を示した。
その上で、この結果から、高橋氏は、ワルファリンの短所として、薬物や食物との相互作用が多いことに加え、「TTR維持の困難さ」があると指摘した。
一方で、長年使用されてきた標準薬で安価であることや、75歳以上の高齢者や、CHADS2スコアが高得点のハイリスク患者への投与が可能であることを長所と説明。「投与する側からしても、患者側にとっても、この部分は、ワルファリンがカバーせざるを得ない部分ではないか」と述べた。その上で、「新しい薬を育てて行くというこれからの10年間ぐらいは、そういう時代が続くという印象をもっている」と自身の見解を示した。