第5回ヘルスケア・イノベーションフォーラム「イノベーションによる健康寿命延伸と経済成長への貢献：認知症における課題と展望を事例に」（共催：日本イーライリリー、PhRMA）が11月8日、都内で開催された。アルツハイマー病に対する革新的な疾患修飾薬の開発動向に注目が集まる中で、議論では、早期診断、早期治療をめぐる社会的コストをどこに求めるかが焦点となった。元厚労官僚で上智大学総合人間科学部の香取照幸教授は、「製薬企業にとって創薬エコシステムも重要だが、社会全体の持続可能性を維持するためのエコシステムも重要だ」と強調。「単に病気になったときの医療費ということだけでなく、生涯を通じて健康であり続けることへの投資や国民一人ひとりの便益をどう考えるかが求められる」と述べ、「それ相応の負担を国民に求めるということをやっぱり言っていくことが必要だ」との見解を示した。

◎東大・岩坪教授「疾患修飾薬の開発が進むなど歴史的な転換点にある」

東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻神経病理学分野の岩坪威教授（日本認知症学会理事長）は、「21世紀に入り官民パートナーシップや国際協調も進み、社会におけるプレゼンスが定まってきた」と期待感を表明。「昨今はメカニズムに即した疾患修飾薬の開発が進んでいるなど歴史的な転換点にある時期だと思う」と指摘。基礎から臨床そして製薬企業や国との協調でこれまで満たされなかったニーズを解決するエコシステムの構築への「日本における姿がようやく見えてきたところということを感じている」と強調した。

◎リックス会長兼CEO　「今だからこそ新しい政策アプローチが必要」と提案

イーライリリー・アンド・カンパニーのデイビッド・A・リックス会長兼最高経営責任者も「特別な時期だと思う」と述べ、岩坪教授に同調した。2030年には700万人が認知症になると言われている中で、「今だからこそ新しい政策アプローチが必要」と提案。創薬エコシステムを構築し、「幅広いスクリーニングをバイオマーカーでやるというのは非常にいい政策だ」と主張した。一方で「保険償還やアクセスの課題もある」と述べながら、日本に追随する欧米諸国に対し、「日本は世界でリーダー的な役割を果たせると思う」とも強調した。

◎岡本・元財務次官「コストの問題は政策を考える上で十分認識されるべき話」

元財務省事務次官で日本たばこ産業の岡本薫明取締役副会長は、「認知症は表に出ているコストだけでなく家族や社会に対して発生しているコストをどう軽減するかが共通の認識だ」と指摘。「どのように定量的に判断するかは非常に難しい。コストの問題は政策を考える上で十分認識されるべき話だ」ともクギを刺した。また、薬価にも触れ、「薬価をただ下げればいいということではなく、本当に開発のインセンティブにつながるところにいかに振り向けていくか。そのためには、この評価をいかにきちんと行うかが非常に大事な問題だ」と述べ、「今後大きなコストを下げる効果が見込まれるもの。ここに重点的投資できるエビデンスで評価し、システムで回っていくような形を作り上げることが政策を考える上で求められる」と述べた。

◎香取・上智大教授　健康を守る投資「相応の負担を国民に求める」に理解求める必要性

上智大学総合人間科学部の香取照幸教授は、「このフォーラムを通じて申し上げたことは、その社会的なコストをどう考えるかということ」と指摘。「エコシステムの話は企業にとっての創薬のエコシステムということでもあり、社会全体の持続可能性を維持するためのエコシステムでもある」と述べ、「医療費とか保険財源とか、そういう観点で医薬品や治療、の問題を考えるということでは多分答えは出てこない」と語った。また、「どこまで保険で見ることができるかという議論もあるが、少なくともそれだけの社会的便益があるというのであれば、それは社会的コストとして負担できるような仕組みを作るということになるだろうと思っている」と強調した。さらに「これは健康に対する投資ということになる。自分の健康を守るための投資なので、それ相応の負担を国民に求めるということをやっぱり言っていくことが必要だと私は思う」と述べ、新たな概念に基づく制度設計の必要性についての考えを示した。