
多摩大学大学院修了生を中心に発足した「ヘルスケア未来創造ネットワーク」のキックオフミーティングが5月10日、品川サテライトキャンパスで開催された。浅野誠代表世話人は設立趣旨と目的を説明する中で、ピーター・ドラッカーの言葉として広く知られる「未来を予測する最善の方法は自らが創造することである」(The best way to predict the future is to create it.)という言葉を引用し、ヘルスケア分野に関わる大学院生および修了生が研究成果や実務経験を共有し、未来志向での議論を通じた相互の学術的発展および人的ネットワークの構築を掲げた。真野俊樹大学院特任教授は、ヘルスケア分野の重要性を強調し、創造ネットワークへの期待を寄せた。
浅野代表世話人はヘルスケア業界に変化について、幾つかの具体的な事例を紹介。ブリストル・マイヤーズ・スクイブのCAR-T療法において、ニコンが患者のT細胞を国内で遺伝子改変する事業に参入してきたと指摘。さらに製薬企業ではなくガラスメーカーのAGCは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン開発および量産に貢献していることなど紹介した。
一方で医療ツーリズムの分野では、銀行、旅行業者、医療関係者が連携して検診を中心とした取り組みを進めており、地域中核病院が積極的に参画していることを報告した。

これらの事例から浅野代表世話人は、製薬メーカー以外の多様な業種がヘルスケア領域に参入している現状を示し、「本会での英知の結集により新しい事業創出のヒントを得られることを期待する」と述べた。
◎多摩大学大学院の石井富美客員教授が基調講演
多摩大学大学院の石井富美客員教授は「地域医療経営における地域特性に着目したマーケティング戦略」をテーマに基調講演した。
石井客員教授は、自身の経験からMBA取得後の継続的な学びの重要性を強調。経産省の産学連携サービス経営人材育成事業として関西学院大学で地域医療経営人材育成プログラムを開発した経験を披露し、現在11期目を迎えていると報告した。
地域ごとに環境が大きく異なる中で、「治し・支える医療」、「生活インフラとしての医療」をどのように提供していくかについては地域の事情を踏まえる必要がある。取り組みが進む先行事例を考察し、地域共生社会の中での「医療」サービスのあり方を考えると指摘した。地域特性の捉え方については、地域パターン、医療提供体制、社会的条件、文化的背景などを軸に考察し、地域医療経営の方向性を整理するとしている。
石井客員教授は人口構造の変化について2040年の予測データを示し、「働き盛り世代のパフォーマンス低下と人数減少により、労働力は現在の8割程度のパワーになる」と分析した。その上で政府の地方創生2.0では、人口減少を前提とした政策転換が行われ、医療業界でのデジタル化が急務であることを指摘した。
◎全国一律でなく様々な“連携”と技術投入で“質”を維持した医療提供体制にシフト

地域医療構想に関しては、質の高い効率的な医療提供体制の全国確保について説明した。医療の質をストラクチャー(医療提供体制の基盤となる要素で、病院の施設・設備、医療スタッフの数や質、医療機器など)、プロセス(医療従事者が患者に対して行う診断、治療、看護などの過程)、アウトカム(医療提供の結果として、患者の健康状態や生活の質がどのように変化したか)の観点から分析し、連携によるストラクチャー補完の重要性を強調する。
石井客員教授は、「これまでの全国一律の提供体制ではなく、様々な“連携”と技術投入で“質”を維持した医療提供体制にシフトする」と見通した。また、在宅療養者の生活における本人意思の尊重には、「入院中の過ごし方に関する専門職間の情報提供が不可欠である」と述べた。
ウェルビーイングについては、1998年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者のアマルティア・セン(A.K.セン)氏のケイパビリティ・アプローチを引用して個人とコミュニティの相互補完関係を説明した。このケイパビリティ・アプローチとは、経済的豊かさ(所得)ではなく、人々が「どのような生活を送りたいか」という潜在能力(ケイパビリティ)の向上を指標とする厚生経済学のフレームワークに位置づけられている。石井客員教授は、地域特性として、インフラ、自然環境、社会関係性の重要性を挙げ、北海道の在宅医療における冬季の診療困難さや、岸和田の祭り文化における世代間対立、小豆島のグループホームでの祭り受け入れなどをめぐる具体例を紹介した。
◎厚労省の新地域医療構想「人口構成と医療需要は相関する」
厚労省の新地域医療構想にも触れた。新地域医療構想は、2040年頃の本格的な人口減少と高齢化を見据え、従来の「入院医療(病床の機能分化)」だけでなく、外来医療・在宅医療・介護との連携まで含めた、地域における医療提供体制全体の将来ビジョンを策定するというもの。
石井客員教授は、「人口構成と医療需要は相関する」と述べ、「大都市では人口は大きく減少せず高齢人口の増加に伴う包括期の医療需要の増加が見込まれる。人口の少ない地域では高齢人口も含めすでに減少しており、今後医療需要は低下していくなど、人口規模ごとに共通する課題がある」と強調。「現在の人口規模が同程度であっても地域ごとに医療需要の変化のスピードや程度が異なる。また地域ごとに特有の状況(地理的環境、文化背景など)があり、地域ごとの状況把握と対応策が必要だ」と述べた。
石井客員教授はまた、人口20万人未満の二次医療圏を基準とした機能分化が進められていると指摘し、小樽医療圏(20万人)、滋賀県(10万人以上)、石川県七尾(11万人)などをモデルケースとして検討していることを報告した。また、横須賀市(人口37万人)での医師会と市が連携した地域医療維持システムの構築にふれ、札幌で7月に開催する「第8回日本在宅医療連合学会大会」での各地域の取り組み発表への期待を示した。一方で周南市などの人口減少地域におけるオンライン診療センター構想を紹介。病院内や郵便局などにオンライン診療エリアを設置することにより、東京・大阪の専門医との診療を可能にする仕組みが検討されていると述べ、医療法改正でのオンライン診療の定義明確化の意義に言及した。
さらに、石井客員教授は新地域医療構想に基づく診療報酬改定での地域特性考慮を説明し、「人口20万人未満地域での救急搬送基準緩和(年間1000件以上)と離島地域への特別配慮。地域により求められる病院機能の違いと入院基本料算定方法の変化を分析する」とした。
住民のヘルスリテラシー向上について石井客員教授は、病院の種類や機能、介護保険制度、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)、マイナンバーカードの活用方法など、基本的な内容を噛み砕いて説明する地道な活動の必要性を説いた。70代、80代の引退した医師や看護師が地域活動として、10人程度の少人数グループに対し定期的に説明会を開催している事例なども紹介した。