ファーマ・インサイト 環境分析

公開日時 2009/09/15 04:00
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今回から、戦略マーケティングプロセスの4段階を順に取り上げて説明したいと思います。まずは環境分析から。今日置かれている立場を徹底的に理解することが、明日「勝つ」ための基盤作りです。

 

4つのマーケティング戦略レベル

 戦略は、大きく4つのレベルに分けられます。各レベルにより、考えるべき内容や期間、地域、担当は異なります(表1)。

例えばブランドマネジャーが分析すべきことは、基本的に「3年以内」に自分の製品の売上に影響すると思われる要因です。前回書いた「グローバルに物を見よう」という内容とは一見矛盾しているように感じられるかもしれませんが、いざ日常業務を行うときは、短期・中期的なフォーカスを定めることが最優先です。その際に、ひとつ上の視点を持っていることが、大きな強みになります。ブランドマネジャーであれば、表1のポートフォリオ戦略あたりを意識します。経営者の視点で全体を見渡す力ももちろん大切ですが、日常業務を行う際に二つ以上高いレベルを意識しすぎると、そのせいで行動が鈍ってしまう恐れがあります。「マーケティングは明日の売上を考える仕事だ」と前回書きましたが、裏を返せば、今期、今月、今週、今日の成績は、それまでのあなたの仕事の総まとめなのです。自分に与えられた範囲内での環境分析を徹底的にまとめて、この3年以内に結果を出すことをまずは念頭に置きましょう。

 

PEST分析

 環境分析の出発点は、世の中の大きなトレンドを理解することから始まります。一番簡単でよく使われているのがPEST分析で、 Political(政治), Economic(経済), Social(社会), Technological(技術)の各側面から物事を考えるマトリックスです。図1はひとつの例になります。

この中で、P,E,T,に関しては製薬企業の皆様はよく勉強されていますが、意外と見落とされがちなのが、S(ソーシャル、社会)に関連する部分です。特に業界外の社会的要素に関してはなかなか目がいきません。しかし、世の中の意識や常識を変えるような大きなトレンドこそ、将来の患者行動のカギを握っている、と私は考えています。例えばジェネリック医薬品に関して言うなら、採用促進策などの政治的要素よりも影響の大きい社会的要素が存在しているかもしれません。もし、中国での食品偽装事件などが、「海外で製造された物に対する不信感の増加」につながっているとしたら、先発品のマネジャーが用いるべきマーケティングメッセージにも大いに影響してくるはずです。

なお、ブランドマネジャー以上のレベルの方々は、トレンドをより長い目で捉えるために、海外の流れにも注目すべきでしょう。一例として、米国の Google社が昨年始めたGoogle Healthというサービスを紹介します。ご存知と思いますが、アメリカの医療保険は日本とは異なり民間事業です。各保険会社は特定病院を指定しており、処方に関しても、この疾患にはA薬であれば3割の自己負担、B薬は全額自己負担、などと細かく規定をしています。保険会社との契約は企業が主体となる場合が多いので、もし転職をすれば、お世話になる医療保険会社も変わるケースが少なくありません。その際に過去のPHR(Personal Health Records=検査結果や服薬履歴データなど)を全部自分で揃えなければならず、大変面倒なのです。そこでGoogleは、個人の健康に関する情報すべてをサーバ上に保管し、いつでもオンラインでアクセスできるサービスを開始しました。各医療機関のシステムから、X線検査画像その他の記録が簡単にインポートできるように工夫されており、もちろんセキュリティも万全。しかも無料です。自分のアカウント情報を教えれば、新しい病院のドクターが簡単にアクセスできます。

このサービス導入の裏には、いくつかの大事なPEST要因が隠れています。例えば、テクノロジーの進歩によりこのような「可動式」のデータが普及してくれば、診断や治療方法に関するドクターのセカンドオピニオンを求めることが格段に楽になるでしょう。健康管理に対する自己責任の意識が高まり、患者自身による積極的な取り組みも増えていくと思われます。

 上記のような例を目にした際、「日本の市場は事情が違うし、そのサービスも米国でしか利用できないものだから」と受け流してしまうのは危険です。1つの信号としてきちんと受け止めるべきです。例えば国内のネットワークサイトなどでも、患者同士がお互いに診断アドバイスをシェアし合う姿は既に見え始めています。(Google Healthでは最近、限られた友人関係にのみ一部のデータを開示できる追加機能を発表しました。)このような状況下で、ドクターの立場は今後どうなっていくのか。難しい局面が増えるであろうと予測するなら、製薬企業としてのサポート体制を整えるなど、将来的にドクターとの信頼関係を強めて自社の優位性を上げる方法を考えることができます。

 社会における流れが将来自分の担当領域へどのような影響を持ちうるのか。これに関して新しい気付きを見出せる分析方法がPEST分析なのです。

 

 

3C分析:Company & Competitor

 トレンドを把握したら、次は有名な3C(=Company, Competitor, Customer)分析を行います。「自社分析」「競合分析」「顧客分析」です。マーケティングの基礎中の基礎の概念ですが、意外と分析不足のところが多いので、改善のためのちょっとしたヒントを書きたいと思います。まずはCompany とCompetitorの部分。「自社」と「競合」はいくつかの軸で比較が可能です。漏れなく理解しようと思うなら、最低でも7つの軸で比較するようにします(表2)。

責任レベルによって重点的に見るべき項目は変わってきますが、これらは文字通り「企業」単位で状況を把握して戦略立案につなげるものですから、単剤のマネジャーや領域特化型MRも「製品特性」を比較するだけでは不十分です。競合の動きを先読みするには、相対的な強みを抽出する必要があります。

 ビジネスの世界の健康診断は、有価証券報告書やアニュアル・レポートからスタートします。読者のなかで、自分の会社とメインの競合社の2007年度報告書を読んでいない方がいたら、一旦この雑誌を脇に置き、まずそれらに目を通してからこの記事に戻って下さい。殆どの日系企業の2008年度報告書も間もなくリリースされますので、その際には業界紙のまとめ記事だけではなく、各社のホームページでオリジナルを手に入れ、去年のものと比較しながら読んでみることをお奨めします。どの領域を大事にしていくつもりなのか、メイン製品の状況に満足しているのか、今年のマーケティングリソースが増えるか否かなど、様々なことが読み取れるはずです。

「競合相手が合併することは知っているけど、自分の領域の製品ラインナップは変わらないから」という判断は、大きなチャンスロスにつながる可能性があります。企業合併を経験している方なら容易に想像できると思いますが、組織変更などがあると、一時的に現場がかなり混乱します。競合が混乱している時を狙って自社のメッセージングを強化したり、新しい手を打ったりすれば、より高い効果が見込めるでしょう。良い戦略を練るためには、自社と競合他社を取り巻く状況を把握していることが非常に大切なのです。

 

3C分析: Customer

 最後に、もっとも重要な「顧客の理解」です。これはどのビジネス本やコンサルタントでも取り上げることですが、製薬マーケティングにおける特徴がありますので、そこに焦点を当ててみたいと思います。

 大事な質問から入りましょう。“Who is your customer?”あなたの「顧客」は誰なのか、まずはその定義をします。「患者」と「ドクター」はすぐに頭の中に浮かぶでしょう。しかし例えば、薬剤師は?看護師は?行政当局の責任者は?介護士は?その他のグループを含め、製薬企業のビジネスに影響を与えるステークホルダーは近年非常に多様化しています。

 しかし、それに伴い上記のグループを全部「顧客」として定義し、徹底的に理解する必要があるのかと聞かれたら、私の答えはNOです。誰があなたの顧客にあたるのかは、責任範疇や担当する疾患領域によって異なります。もう一度自分の担当レベルに立ち戻り、任期中に自分の仕事に大きく影響を与えるのは誰かをよく考え、判断しなくてはなりません。

 分かりやすく区別するために、私は「Customers = Users & Choosers」だと言っています。Usersはイメージしやすい定義で、患者、または製品を手にして使用するプロフェッショナル(注射剤や輸液なら看護師)のことを指します。Choosersは、大きく捉えると「私のビジネスに直接大きな影響を与える判断ができる人」のことです。一般開業医担当のMRなら、処方医と一部の薬剤師だけがこの定義に入ります。しかし、営業部長が処方医だけに注目しているとしたら、視野が充分とは言えません。営業部長にとっては、行政当局担当者やKOLなども「顧客」として定義すべき存在です。

 顧客を分析するには時間とエネルギーがかかりますし、余計な分析をすることによって焦点がぶれることもあります。各ステークホルダーがどこまで自分の担当レベルのビジネスに影響を与えるかを判断し、もし顧客として定義付けするなら彼らを徹底的に理解し、定義付けしない場合はあまり力を入れるべきではありません。ここでも選択と集中が必要です。

 もう一度強調しますが、大事なのは顧客の「徹底的な」理解です。表面的なニーズではなく、本当の信念、行動の裏に隠された動機や思考などの深いカスタマーインサイトに基づく戦略の構築ができたら、競合他社がどんなに強力であろうが関係ありません。顧客の理解度の深さが、「勝つ」ための絶対条件です。

 

患者フロー

 Customer を構造統計レベルで理解するためのツールが「患者フロー」(図2:慢性疾患の事例)の作成です。慢性疾患/急性疾患、スペシャリティ(癌領域など)か否か、などによって可視化の方法は異なるかもしれませんが、基本的な考え方は同じで、「市場にどんな漏れがあるのか」を分析するものです。まず、人口と疾患データをベースに罹患者を表記します。ほとんどの疾患の罹患率は、厚労省やWHO、市販データなどから簡単に得られるので、それらと日本の人口を掛け合わせれば罹患者数を求めることができます。(被診断者の数も分かる場合があります。)疾患定義の変更などに左右される場合もありますが、ここでは「物理的な事実である」と捉えて下さい。

 右側の赤い部分は従来のマーケティングで扱う話で、リソースを投資し続けてもなかなか利益が増えない治療薬シェアの構図です。この部分は市販されている処方データによって作図でき、製薬業界の皆様は熱心に見ていると思います。ここで改めて得られる気づきは、「脱落者」の圧倒的な数の多さです。日本におけるアドヒアランスの平均値は他国と比べて非常に高いにも関わらず、どの疾患領域でも全体の数十%の患者をロスしています。物事を図に表すことで事実がパワフルに伝わってくる良い事例です。

 マーケティング戦略におけるこのツールの真の力は、真ん中の青色の部分、受診者、被診断者、被治療者、そして「薬物治療」の下にある「漢方・ OTC・他」の部分にあります。これらはなかなか表に出てこない数値です。罹患している人を受診に導く啓蒙活動が必要ですし、受診しても正しく診断されない場合もあるでしょう。また、いざ治療ということになっても、運動や食事療法が中心であったり、漢方やOTCを選ぶ場合もあります。疾患によっては、これらのどこかの段階で大半のビジネスチャンスが消えているかもしれません。言い換えれば、必要とされる患者の大半に素晴らしい薬剤が届かない、何らかの障壁が働いているのです。患者フローのこの部分を定量化しないことには、チャンスの所在は見えてきません。

 このCustomer動向を徹底的に理解し、表面的なニーズではなく本当の信念、行動の動機や思考などの深いインサイトを得られるブランドマネジャーであれば、これらの脱落を埋める戦略を構築し、そのブランドを改めて成長へ導くことができます。

 次のステップで正しい戦略を組み立てるためにも、環境分析の段階で自分の担当領域の患者フローをぜひ作成しておきましょう。

 


ジェ フリー・シュナック(Jeffrey B. Schnack) 1967年米国生まれ。米国とヨーロッパの大学院で国際政治経済学修士およびMBAを取得。1990年来日。外資系コンサルティング会 社にて欧米企業のアジア戦略プロジェクトを実行。その後JR東日本初の海外子会社代表などを務める。スリーロック株式会社は2004年より、製薬企業を対 象に営業・マーケティング分野のコンサルティング及び能力開発プログラムを実施している。
スリーロックHP http://www.3rockconsulting.com 本人ブログ http://blog.3rockconsulting.com/

 

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