【World Topics】米トランプ大統領の薬価引下げの大統領令署名が製薬業界に与える打撃
公開日時 2025/05/14 04:52
トランプ大統領は5月12日(米国時間)、「アメリカの患者に最恵国(most-favored-nation)価格で処方薬を届ける」大統領令に署名・発令した。大統領令は一般関税引き上げおよび医薬品への追加関税対策に追われてきた製薬業界に大きな打撃を与えたものと思われる。すでに医薬品の米国内製造体制の構築に向けて準備を始めた企業もあり、製薬企業の間には「関税措置だけで、もう十分だろう」との声も聞かれる。加えてトランプ政権はバイデン政権の政策を踏襲し、メディケア保険者として製薬業界と医薬品価格の割引交渉を行っている。PhRMAの試算によれば、この割引交渉で10年間で最大1兆ドルの費用負担をすることになる見込みである。(医療ジャーナリスト 西村由美子)
◎大統領令発表前に米製薬株は下落 ターゲットは「最も内外価格差が大きくコスト負担の大きい品目」
米国製薬企業の株が、大統領令の正式発表を前に、月曜日の市場前取引で下落を始めている。ファイザー、メルク、ジョンソン&ジョンソンはそれぞれ2%、イーライ・リリーは5%下げた。
大統領令もホワイトハウスも具体的にどの医薬品に対して価格交渉がなされるかは明らかにせず、「最も内外価格差が大きく、最もコスト負担の大きい」医薬品に特に重点を置くと言うにとどまっている。業界関係者の間では患者に人気の高いGLP-1阻害薬(減量薬)や糖尿病治療薬が真っ先にターゲットになるのではないかというのがもっぱらの推測だが、根拠はない。
◎「海外での価格引き上げに踏み切って追加収入を得るべき」との姿勢を堅持
トランプ大統領はこの政策で医薬品コストは「59%以上!」削減できると主張。だが、政策効果はまだわからないと業界通は語る。4月に出されたレポートでも「米国での価格引き下げか、収益性の低い海外市場を失うかとの選択を迫られたら、多くの企業はできる限り早期に海外市場から撤退するだろう」と予想されている。「そうなれば米国民はこれまで通りの薬価を支払わねばならなくなる可能性が大きい。一方、製薬企業の利益は減少し、研究開発投資が削られる。そうなったら将来の患者世代はイノベーションの恩恵を受けられなくなる。誰も得をしない」というのが業界通の見解だ。さらに製薬業界との新たな法廷闘争も予想される。まずは大統領令の発行を阻む訴訟が提訴されるかどうかに注目しなければならないだろう。
しかし、ホワイトハウス当局者は「製薬企業が米国内だけでイノベーション資金を賄えないというなら、海外での価格引き上げに踏み切って追加収入を得るべきではないか」との立場を堅持している。
◎大統領令の目的は「内外価格差解消」 追加措置の指示も
大統領令の目的は薬価の内外価格差の解消により、米国内の薬価を大幅に引き下げることである。
第1条(目的)は「米国製薬企業は、世界人口の5%に見たない米国人から、企業収益の75%を得ている。この甚だしい不均衡は製薬企業が海外市場へのアクセスを得るために海外では大幅に値引きし、その分を米国内で法外な価格設定をして補填しているからである」と書き出され、続けて製薬企業およびその関係機関は① 米国消費者への価格上乗せ、② NIH等を通じた研究開発への多額の公的補助金、③ 公的医療保険を通じて消費される処方薬への公的資金援助によって米国に大きく依存し、海外諸国はこれにタダ乗りする恩恵に浴していると指摘。「医薬品の最大購入者である米国民は最良の条件を得るべき」と明記した。
具体的には、大統領はHHS長官(ロバート・ケネディ)に対し、① 発令日から30日以内に庁内関係各セクション(メディケア、メディケイド、オバマケア等々)と連携して製薬企業に対し最恵国待遇価格での提供について交渉するようにと命じ、同時に② 最恵国待遇価格で医薬品を提供する企業に対しては、現行法に抵触しない範囲で米国消費者に対する直接販売が実施できるよう取り計らうべしと命じた。
また商務長官および米国通商代表部(USTR)に対しては米国の資金でイノベーションに便乗する海外諸国への対処が命じられ、国家安全保障を損なわないよう、また医薬品開発費用が米国民に不当にコストシフティングされることのないよう必要かつ適切な措置を講ずるようにとの指示が明記された。
以上の措置を実施しても薬価改善に進展がない場合には現行法に抵触しない範囲で以下の措置をとるべし、と言うのが大統領命令である。
① HHS長官は最恵国待遇価格を実現するための法的規制を立案する。
② 低価格の処方薬の輸入解禁(HHS長官はそれらの医薬品の安全審査・承認および輸入が薬価低下に貢献することを証する)。
③ 商務長官および関連機関は価格差別を助長している可能性のある医薬品・その前駆物質の輸出に関し、必要なあらゆる措置を検討する。
④ FDA長官は安全性、有効性、または不適切な販売の可能性のある医薬品については承認を審査し、必要に応じて変更または取り消す。
⑤ 関係各機関の長は大統領および国内政策担当補佐官と連携し、米国の患者に対する価格差別に対処するあらゆる措置を講ずる