【解説】武田薬品の国際戦略 いま何が起こっているのか

公開日時 2011/06/14 04:01
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 5月19日、スイスのナイコメッド社(本社・チューリッヒ、ハーカン・ビョークランド最高経営責任者)を96億ユーロ(約1兆1185億円)で買収すると発表した武田薬品。日本企業による海外企業買収では、07年のJTによる英ギャラハー買収(約2兆2000億円)、06年のソフトバンクによる英ボーダフォン日本法人の買収(約1兆9000億円)に次ぐ規模。大金を投じて捨て身の国際戦略強化に動き出した同社だが、その前途に黄色信号がともり始めている。(ジャーナリスト 村上 和巳)


●ナイコメッド買収 深刻さを克服し、前進するための一手


 「ナイコメッドの買収が、当社にもたらすベネフィットについて、我々が今、いかに確信と興奮に満ちているかをお話できる機会を実現でき、私としても非常にうれしく思っております」
武田薬品の長谷川閑史社長は、買収発表の記者会見冒頭で声高らかにこう語った。この買収で武田薬品は、医療用医薬品売上高世界ランキングで現在の第16位から第12位に浮上する。2010年のグローバル製薬企業の医療用医薬品売上高で第10位がアボットの198億9400万ドル、第11位が194億8400万ドル。武田薬品が今期の医療用医薬品売上高はドルベースで約141億6900万ドル、これにナイコメッドのアメリカ皮膚科事業とOTCを除く売上高約35億2100万ドルを単純合算すれば約177億ドルであり、世界ランキングトップ10入りも見えてきた形となる。


買収効果について同社では、(1)年間売上高を30%強改善(2)買収に伴う特殊要因除き、営業利益を40%強改善(3)買収に伴う特殊要因除き、EPSを30%強改善ーと説明。他にヨーロッパ市場や新興市場での事業拡大が見込めるとしている。実際、売上高の約6割が欧州、残る4割が新興国市場というナイコメッド買収は、武田薬品にとって絶好の商圏の相互補完の機会を得たと言える。


これまで地域別売上の約9割が日米に偏っていた武田薬品は、買収後に欧州市場のシェア順位が29位から一気に18位に浮上。また、新興国市場は、ナイコメッドとの単純合算で10年実績の8倍となる1426億円、成長著しいロシアではシェア第7位となる。この他にも東欧を中心に中東、南アフリカなどこれまで事実上の空白地帯でもプレゼンスを確保し、武田の販売地域は28カ国から70カ国に拡大する。


メガファーマ各社が成長著しい新興市場進出を加速化させ、国内ではインドのランバクシー・ラボラトリーズを傘下に収めた第一三共に遅れをとっていた武田薬品にとっては願ったり叶ったりのオフェンシブな買収だ。
しかし、その一方でこの買収が極めてディフェンシブな側面があることは、関係者にとって周知の事実だろう。
同社の2011年3月期決算で製品別売上高3879億円のトップ製品であるチアゾリジン系経口糖尿病治療薬・アクトス(一般名・ピオグリタゾン)の特許切れ問題だ。アメリカではアクトス単剤が2012年8月、アクトスとメトフォルミンの合剤・アクトプラスメッド、アクトスとグリメピリドの合剤・デュエットアクトは同年12月に特許失効見込みである。
アクトスの売上高のうち3400億円が海外分であり、そのほとんどがアメリカ市場。後発品上市から半年間で先発薬売上高の約7割が消えるというアメリカ市場の特性から考えれば、2013年半ばまでに武田薬品は約2400億円の売上高を失うことになる。この深刻さを克服し、前進するための一手がナイコメッド買収だったのだ。
だが、武田薬品にとってアクトスの売上高喪失のスピードが加速しかねない事態が突如、降って湧いてきている。


●フランス政府によるアクトスの新規処方差し止め 市場は不透明感


フランス保健製品衛生安全庁(Afssaps)は6月9日、アクトスおよび同薬とメトフォホルミンの合剤の新規処方差し止めを通達した。
同通達は、フランス当局が国内の保健データベース(SNIIRAM)内の約150万人の糖尿病患者(40~79歳)のうち、06~09年のデータを用いて行った膀胱癌発症率比較のレトロスペクティブな疫学研究・CNAMTSの全体解析に基づくものである。同研究によると、アクトス投与患者約16万人では、非投与患者約133万人に比べて、ハザード比1.22で膀胱癌の発症率が有意に高い結果が得られた(95%CI:1.05 - 1.43)。


しかも、6月10日にはドイツ連邦医薬品医療機器庁(BfArm)がフランスに追随してアクトスの新規処方差し止めを通達。フランスの決定を受けて、欧州医薬品庁(EMA)は6月20~23日にCNAMTSの結果を含めた検討を行う会議を開催予定である。


そもそもアクトスでは、がん原性試験で雄ラットのみで膀胱癌が有意に増加することが分かっており、長期大規模無作為化比較試験PROactiveの結果からも膀胱癌発症の潜在的リスクが指摘されていた。
米FDAも10年9月にアクトスと膀胱癌発症の関係を評価する10年間の長期臨床試験の暫定結果(5年間)から、膀胱癌発症リスクの有意な増加は認められなかったものの、アクトス服用期間が最も長い患者群や累積投与量が最も多い患者群では膀胱癌リスクが増加していたとして、今後も評価を継続していくとの声明を発表している。
それでも従来は取り立てて問題視はされてこなかったが、フランスが独自措置を取り始めたことで、アクトスの市場動向は一挙に先行き不透明感を増している。


●計画の大幅見直しも


そもそもチアゾリジン系経口糖尿病治療薬は受難続きだ。

97年に発売された初の同系薬剤ののノスカール(一般名・トログリタゾン、旧三共)は重篤な肝障害の副作用が問題となり、2000年に販売中止に追い込まれた。続く99年に発売されたアバンディア(一般名・ロシグリタゾン、GSK)は、07年にメタ解析の結果から心血管イベントリスクを上昇させるとの指摘が浮上し、10年にEMAが完全な市場撤退、FDAが新規処方中止を勧告した。現在、残るのはアクトスのみだ。
国内のある糖尿病専門医は「アバンディアの臨床経験はないものの、アクトスを処方していて心血管イベントが上昇するという感覚はないし、膀胱癌についてこれまで出ているデータからはそれほど問題が多いとは思われない」と語る。


だが、最近の経口糖尿病治療薬の安全性評価をめぐる現状は極めて厳しい。とりわけ最近のEMAは安全性評価でFDAよりも厳しい判断を下し、逆にFDAがEMAに追随することも珍しくない。
前述のアバンディアの例がその典型である。07年以降、安全性に疑問を呈されてきたアバンディアについて10年6月、FDA諮問委員会は条件付きで販売継続を支持する方向性を示したものの、後にEMAと共同でこの問題を協議してきたFDAは、アバンディアの市場からの全面撤退を決めたEMAに引きずられる形で、事実上の市場撤退となる新規処方中止を決定した。


今回も同様の経過をたどれば、武田薬品はアクトスの特許切れ前に大幅な売上減に追い込まれる。同社の「11-13中期計画」は、そもそもがアクトスの特許切れを見込んで2013年を売上高のボトムとしてその後はV字回復を目指すというもの。V字回復への特効薬こそがナイコメッドの買収だったはずだが、その計画の大幅な見直しを迫られる可能性もある。


だが、そもそもナイコメッド買収効果に対する武田薬品の期待値そのものを疑問視する声もある。
ナイコメッドは2005年(創業年1874年) 設立。資本金は9万8836ユーロの非上場会社。従業員は米国皮膚科事業部門を除くと約1万1800人。


同社グループの2010年通期業績は売上高31億7060万ユーロ、営業損失4420万ユーロ、当期純損失2億2900万ユーロ、このうち武田の買収対象の売上高は28億3800万ユーロとなっている。武田薬品と比べると、売上高は約4分の1、従業員数は約5分の3であり、単純計算の従業員1人当たりの生産性は武田薬品の半分以下という内容である。


この背景には、ナイコメッドが06年にドイツのALTANA AG、07年にアメリカのブラッドレー社、10年に中国のGuangdong Techpool Bio-Pharma社、11年2月にはコロンビアのLaboratorios Farmacol社という形で次々と買収を繰り返して成長してきたということもあるようだ。いわば会社の筋肉質的な生産性を棚上げして、成長戦略に走ってきたというわけだ。だが、往々にしてこうした会社は内部がつぎはぎだらけで、コーポレートガバナンスに苦労することが少なくない。

また、ナイコメッドの売上高の領域別構成比トップは9億ユーロの消化器分野で、それも後発品参入による過当競争に入り始めている消化性潰瘍治療薬(PPI)・パントプラゾールの一枚看板。
同薬は2年前の売上高15億ユーロから見れば、現状は大きく後退しており、買収による欧州市場でのプレゼンスもパントプラゾールのジリ貧とともに低下する。また、武田薬品自体がPPIの競合品・タケプロン(一般名・ランソプラゾール)を抱えており、欧州内でのPPIの市場戦略はやや複雑さを帯びてくる。
こうしたなかで武田薬品がナイコメッドの製品として期待を寄せているのが閉塞性肺疾患(COPD)では初の経口治療薬のダクサス(一般名・ロフルミラスト)。既にアメリカとヨーロッパでは認可済みで、今後新興市場での上市も予定しており、決定打がないCOPD治療薬市場では一定の売上が期待できるのは間違いないだろう。武田薬品では2015年時点でのダクサスの年間売上高を5億ユーロとしている。 


ただ、製品別では売上高30億ドル超のスピリーバがトップのCOPD治療薬市場では今後、市場そのものの伸びはある程度期待できるものの、他の製薬大手も同市場への参入予定製品を抱え、なおかつダクサスは自殺企図などの副作用の懸念からFDA諮問委員会では過去に承認不支持の勧告が出たこともあり、長期的な業績貢献度は未知数である。また、ナイコメッド社の開発パイプラインはフェーズ1からも含めて僅か9品目しかなく、フェーズ3以上の後期開発品は4品目。後期開発品のうち1品目は、前述のダクサスで、残りは短腸症候群治療薬、アレルギー性鼻炎の点鼻スプレーのシクレソニド、骨粗鬆症治療薬のアレンドロネートの新剤形などで、ほとんどが今更感のある製品である。


●アクトス問題の行方が未来を左右?


それでも武田薬品とすれば、新興市場へのプレゼンスを強化できるメリットの方が大きいという理屈も成り立つ。
同社はナイコメッド買収によって11-13中期計画の業績のボトムである13年連結で、売上高を1兆2600億円から1兆6800億円、営業利益が2800億円が4000億円になるとの上方修正を発表している。
売上高に関しては、現在の両社合算よりも3000億円程度上乗せになるが、これについては新興市場での成長と今後の新製品を織り込んだものと解釈でき、アクトスの落ち込みを考慮しても必ずしも楽観的とは言えないだろう。
だが、ナイコメッドは最新業績が営業赤字で、1期前に遡っても営業利益3億ドル弱。そもそも武田薬品の営業利益がここ数年概ね横ばいで推移し、順等な特許失効のスケジュールに則ってもアクトスの売上高の多く失う。
その一方で、新興市場はいずれも成長率は著しいものの、売上高、利益の水準は小粒である。買収による営業利益改善効果が今回の修正のようになるというのは、やや過大ではないかとの指摘も少なくない。
そもそも疑問を呈されているのが今回の買収額だ。ナイコメッド社は10年決算での純資産は14億9000万ユーロ。今回の買収金額はその7倍弱。今後、武田薬品はアクトスの特許失効し、なおかつ今回の買収で手元資金とは別に6000~7000億円の借入を行ったうえで、巨額ののれん代償却を迫られる。
今回のアクトス問題で最悪の転帰を迎えることになれば、バラ色の未来は一気にグレーになる可能性すらあるのだ。


 

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