「新薬創出等加算で十分に機能しているだとか、そういう認識を持っておられる方々がおられるということに、それはもう我々は驚愕だ」-。自民党の田村憲久・社会保障制度調査会医療委員会委員長(元厚労相)は語気を強めた。党医療委員会が開かれた12月12日は2023年度薬価改定の議論が大詰めを迎えていた。すでに後発品の安定供給の観点から不採算品への対応は党内でも外堀を埋めてきたが、この日の田村委員長はあえて新薬の「イノベーション評価」に焦点を当て、一気に空気を変えた。決着までの1週間、政治が23年度改定を動かした。(望月英梨)
23年度薬価改定の対象範囲は、「国民負担軽減の観点から、平均乖離率7.0%の0.625倍(乖離率4.375%)を超える品目」とすることで12月16日午前、松野内閣官房長官、鈴木財務相、加藤厚労相の3大臣が合意した。注目したいのは、あわせて、急激な原材料費の高騰、安定供給問題に対応するために不採算品再算定を臨時・特例的に全品目対象に適用すること、さらには、「イノベーションに配慮する観点から、新薬創出等加算の加算額を臨時・特例的に増額し、従前の薬価を遜色ない水準とする対応を行う」ことが盛り込まれたことだ。
改定の対象範囲については、毎年薬価改定導入の初年度となった2021年度改定で「8%の0.5倍~0.75倍の中間である0.625倍(乖離率5%)」が適用されたが、この考え方を踏襲した。22年薬価調査での平均乖離率は前回と比べ、乖離幅が圧縮されたしたことから、改定対象となる品目数が増えることになる。このため、田村委員長が「百歩譲って乖離率5%以上が普通の考え方だ」と主張するなど、自民党議員からは反発する声もあがった。ただ、物価高騰などで国民負担が増大するなかで、財務省は「0.5倍」で揺さぶりをかけ、最終的に「0.625倍」から一歩も引かない姿勢を示した。
◎不採算品の薬価引き上げは早々に「外堀埋まる」
こうしたなか、大詰めを迎えた薬価改定の焦点は改定財源をいかに製薬業界に“戻すか”、に移っていった。不採算品への薬価上の下支えについては、中医協でも早い段階から不採算品が議論の俎上にのぼり、診療・支払各側からも肯定する声が上がった。自民党内からも、不採算品の薬価引き上げなどを求める声があがるなど、外堀が埋まっていった。
◎12月を前に党内の空気が一変 ドラッグ・ラグやドラッグ・ロス再燃を盾に
一方で、新薬のイノベーション評価をめぐる攻防には伏線があった。日米欧製薬団体が、ドラッグ・ラグやドラッグ・ロス再燃を盾に「特許期間中の新薬は中間年改定の対象から除外し、薬価を維持すべき」と主張するなど、攻勢を強めた。12月を前にして、自民党内からは新薬に戻すべきとの声が強まり、党内の空気も一気に変わっていく。こうしたなかで12月9日の午前中に中医協薬価専門部会が、午後には「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」が開かれた。
厚労省はこの日の中医協に、「ドラッグ・ラグの再燃の懸念や円安の進行による研究開発費の増大が指摘されるなかで、薬価の観点から対応すべきことについて、どのように考えるか」との論点を提示。有識者検討会では新薬創出等加算が議題に上がり、「企業要件」のあり方が論点となった。新薬創出等加算の企業要件は、革新的新薬の開発やドラッグ・ラグ解消の実績などをポイント制で評価。合計ポイントの上位25%(区分Ⅰ)が薬価を維持できる企業指標が導入されている。逆に言えば、それ以外の場合は薬価を維持できない。こうした要件は大企業に有利であり、革新的新薬の開発主体が海外の新興バイオファーマなどベンチャー企業中心へと変化するなかで、「現行制度の考え方は実態と合わない」と指摘した。構成員からも、「企業要件を撤廃すべき」という声が相次いだ。
◎中医協薬価専門部会と有識者検討会を経て、12月12日の自民党医療委への流れ
週明けの12月12日、冒頭の医療委員会が開かれる。満を持して臨んだのは元厚労相で自民党社会保障制度調査会医療委員会委員長を務める田村憲久衆院議員だ。すでに有識者検討会では、新薬創出等加算について、見直しを求める声が複数あがり、翌週に控えた23年度予算編成に新薬のイノベーション評価を持ち込むお膳立てが整いつつあった。
◎田村委員長「新しい薬が国民に届かなくなっていること自体、国民にとっては不利益だ」
田村委員長もこうした状況の中で、製薬業界が主張した、ドラッグ・ラグ、ドラッグ・ロスへの懸念をあえて表明した。委員会後に開いたブリーフで田村委員長は、「新薬創出等加算で十分に機能しているだとか、そういう認識を持っておられる方々がおられるというのは、それはもう我々は驚愕だ。いまの日本はドラッグ・ロスやジャパン・パッシングのような状況が起きてきている。新しい薬が国民の皆様に届かなくなっていること自体、国民の皆様にとっては不利益だ。そういうことも踏まえたうえで、今後どうあるべきか考える必要がある」と強調。21年度改定では新薬を含む薬価が引き下がったことを踏まえ、「今回も普通でいけば下がる。そういうものをどうするか考えないと、この国に新しい薬が上市されてこなくなってしまう。実際そうなっている。その危機感を我々は持っている」と力を込めた。
実際、23年度薬価改定では、今回は新薬創出等加算の適用後、現行薬価との価格差の相当程度を特例的に加算し、従前の薬価と遜色ない水準とする臨時的・特例的措置が盛り込まれた。「ダメな中でそこそこやった」-。12月19日の自民党厚生労働部会で田村委員長は、居並ぶ厚労省幹部を労った。
◎23年度薬価改定を経て製薬業界に課せられた「十字架」
23年度薬価改定の決定を受け、製薬業界は一種の十字架を背負うことになる。厚労省は不採算品再算定の臨時的・特例的導入した品目について、「安定供給を製薬企業に求めるとともに、そのフォローアップを実施」することもあわせて盛り込まれた。後発品を中心とした供給不安が、後発品メーカーの不祥事に端を発した課題であることから、薬価制度改革と産業構造改革をセットで実施することは不可欠だ。製薬業界としても自ら、答えを出していく必要がある。
新薬メーカーについても同様のことが言える。「極めて例外的な対応を行う以上、薬価上の問題を理由としたドラッグ・ラグやドラッグ・ロスが今後確実に解消されるよう先発医薬品メーカーには当事者としての対応を明らかにし、説明責任が果たされることを強く求めたい」-。12月16日の中医協薬価専門部会で診療側の長島公之委員(日本医師会常任理事)はこう指摘した。製薬業界の要望を踏まえた薬価制度改革が行われた以上、結果と説明責任を問われるのは当然のことと言えるだろう。
24年度には、診療報酬、介護報酬、障害福祉サービス等報酬が同時に行われるトリプル改定が控える。25年を前とした最後の改定だけに、社会保障財源をめぐる議論も白熱することが予測される。23年度薬価改定の骨子には、24年度改定に向けて、「イノベーションの適切な評価の在り方、医薬品産業の構造改革を前提とした医療上の必要性が高い医薬品の安定供給を維持するための評価の在り方」を有識者検討会で検討することも盛り込まれる。薬価ルール改定を断行する24年度改定を前に、23年度改定は序章に過ぎないのだ。