日本製薬工業協会の上野裕明会長は11月17日、2024年度の費用対効果評価制度改革で価格調整範囲の拡大に焦点が当たる中で、「薬価本体に割り込む見直し提案を受け入れることはできない」と主張した。しかし、意見陳述後も「費用対効果評価制度をより積極的に活用する観点からも、重要な見直し」(診療側・長島公之委員、日本医師会常任理事)、「制度を積極的に活用し、加算部分に限らず、より広い範囲で価格調整すべき」(支払側・松本真人委員、健康保険組合連合会理事)など、診療・支払各側から調整範囲を拡大する必要性を指摘する声があがった。また、業界側の意見陳述が迷走し、支払側の松本委員が「資料からはそう受け取れないが、上野会長のコメントが正式見解でいいか」と質すなど、困惑する場面もあった。
◎価格調整が薬価本体に割り込む「薬価制度のあり方にも踏み込んでおり、容認できない」
費用対効果評価制度改革に向け、価格調整範囲が焦点となっている。現行制度では、価格調整は当該品目の有用性加算などの範囲で行われているが、拡大に向けた議論がなされている。
製薬協の上野会長は、「費用対効果評価制度はあくまで薬価制度を補足する制度であるため、現行制度を維持すべき。価格調整範囲が薬価本体に割り込むことは、薬価制度のあり方にも踏み込んでおり、容認できない」と主張した。価格調整範囲が薬価本体まで割り込むことは、「薬価算定時に認められた有用性加算が否定され、インセンティブとしての機能を失い、比較薬に対して評価と価格の関係が逆転することになる。これまで長きにわたって構築された精緻な薬価制度のあり方に踏みこむことになる」と主張した。
欧米製薬団体も、「イノベーション推進とドラッグ・ラグ/ロスの解消に向けた政府の議論に逆行するもので、日本市場の魅力低下につながることを危惧する」(米国研究製薬工業協会關口修平・在日執行委員会副委員長)、「加算を超えて引き下げ幅が広がる場合、薬価の予見性が大幅に下がる」(欧州製薬団体連合会レオ・リー副会長)などと反発した。
◎診療側・長島委員 価格調整範囲の見直しは「重要な見直し」
診療側の長島委員は、「(高額医薬品が登場する中で)価格調整が限定であるという実態がある中で、価格調整範囲の拡大はこれまで議論してきた通り、費用対効果評価制度をより積極的に活用する観点からも、重要な見直しであると認識している」と指摘し、業界側の受け止めを問うた。製薬協の上野会長は、「積極的な活用が議論されることは、皆保険制度の持続性の観点から理解をしている。一方でイノベーションの適切な評価の重要性もご理解いただきたい」と訴えた。「議論を深める際には、薬価制度との整合性について、関係者が十分に議論を尽くすことが重要」との見方を示した。
◎上野会長「私の追加コメントは、製薬協の統一した意見ではない」
製薬業界は価格引上げ条件の撤廃・緩和を求めている。診療側の森昌平委員(日本薬剤師会副会長)は、「仮に、引上げ条件を見直した上でシミュレーションを行って影響を見つつ、影響が過大にならないようなルールを設けて導入していくことも一つの方法かと考えるが、いかがか」と質した。
上野会長は、糖尿病治療薬・リベルサスを例に、「我々が望んでいるのは、薬価制度の補完としての加算評価で足りない部分を適切に行うことができるよう、現状の厳しい条件を撤廃することであり、大きく価格を引き上げることは想定していない」と説明。「薬価全体を価格調整範囲とすべきという考えから、今回の価格調整範囲の見直しが提案されている以上、引下げや引上げにそれぞれの限度を設けることは、提案趣旨と矛盾していると考える。そのような限度を設けなければならないなら、価格調整範囲の見直しを行うべきではない」と主張した。なお、費用対効果評価制度は導入当初から、引上げ、引下げについて上限が設定されている。
引下げは容認できずに引上げを求める業界の姿勢に対し、支払側の松本委員は、「主張に一貫性が欠けるのではないか」と指摘した。そのうえで、松本委員が「(引上げの)リミットを設けるというふうには資料からは受け取れないが、いまの上野会長のコメントが正式な見解だということでよろしいか」と困惑した様子で質した。上野会長は、「先ほど来、私のプレゼンの中で話したことが我々の正式な見解で、私の追加コメントは、製薬協の統一した意見ではない」と弁明した。
業界代表の石牟禮武志専門委員(塩野義製薬渉外部長)は、「現行の価格調整範囲の中でも引上げが認められており、かつその引上げの条件について非常に厳しいということ。すでに今のルールの中でも引上げの上限については規定をされている。その上で、今回提案されている価格調整範囲において、引下げの必要性は業界としては否定をしているところで、例えば上限を設けるといったことを上野会長から提案したわけではない」とフォローする場面もあった。
◎再指定時の運用 費用対効果と外国平均価格調整の違い強調「準用する根拠はない」
再指定時の価格調整範囲について、厚労省は「外国平均価格調整」の調整範囲を参考に、価格調整前の価格に対する有用性加算等の割合とすることを提案している。診療側の長島委員は、「現行制度においても、外国平均価格調整がなされた品目に関しては、外国価格調整前の価格に対する有用性系加算の加算額の割合を加算部分割合とするとされており、本来の加算額にとどまっていない現状がある。この現状は容認でき、再指定時の運用は容認できない理由は何か」と質した。これに対し、上野会長は、「(外国平均価格調整と費用多効果評価は)はその目的、趣旨が全く異なるものであり、外国平均価格調整の考えを準用することは根拠が全くないと考える」と述べた。
◎介護費用の低減効果 データベースと先行研究組み合わせも 今後の対応には回答せず
このほか、アルツハイマー病治療薬・レカネマブでも焦点が当たった介護費用については引き続き研究を進めることを求めた。診療側の長島委員は、「介護費用等を含めた費用対効果分析には多くの課題があることが示されている中で、業界としては、介護費用を含めた分析はどのようなデータを用いて実施することを想定しており、どの程度分析が可能と考えているのか」と質した。
上野会長は、「一つの例として、まず今ある介護のデータベースの情報等、先行研究等を組み合わせることで、疾病の重症度別の介護費用の推計は可能と考えている。それを費用対効果分析モデルで活用し、ICERを算出し、その分析結果を専門組織において評価いただくものと考える」と述べた。有識者の見解を踏まえる必要性を指摘した。
支払側の松本委員は、「介護費用の低下につながる医薬品の開発が進むと思うが、同様のケースが出た場合に、メーカーごとではなく、業界全体として対応するということで統一的に考えているか」を問うたが、これに対する回答はなかった。