
米ボストン・ケンブリッジのホテルの一角は、早朝から張り詰めた空気が漂っていた。11月20日に開かれたパートナリングイベントSHIC(Shonan Health Innovation Conference)にはベンチャーキャピタル(VC)やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)21社と、日本・韓国・台湾で選抜されたスタートアップ18社が集った。「プレゼンに興味を持ってくれるVCがあった」と声を弾ませるスタートアップの影に、期待していたほどのアポイントを取得できずに肩を落とすスタートアップの姿もあった。SHICには、勝者と敗者を分けるビジネスの厳しさが漂っていた。(米ボストン・ケンブリッジ発 望月 英梨)
Monthlyミクス12月号では、巻頭特集Feature PART1として、「米ボストンで見た!変わるアジアの勢力図 韓国台頭で“崖っぷち”に立つ日本の創薬力」と題した特集を組みました。ぜひご覧ください。(記事はこちら、会員限定)
ピッチイベントは、ホテルの大広間を黒いカーテンで仕切った机一つの小さなスペースで行われる。VCやCVCのもとを、緊張した面持ちのスタートアップの代表者が訪れる。1社あたりの面談時間は25分。限られた持ち時間の中で、自社の創薬技術をアピールしようと真剣な眼差しでプレゼンに臨むスタートアップの姿と、時に前のめりでプレゼン資料を映し出したPC画面をのぞき込むVCやCVCの姿があった。
印象的だったのは、日本のアイパークインスティチュートが主催するイベントであるにもかかわらず、韓国のスタートアップが大半を占めていたこと。
◎LabCentralの選考で日本企業は8社中1社 前哨戦でも上位を韓国勢が独占
SHICが開かれる前日、米ケンブリッジ(ボストン)に拠点を置くスタートアップのインキュベーション施設・LabCentral(ラボセントラル)では、3か月間の滞在プログラムをかけた、スタートアップの選考が行われていた。
LabCentralは、最新施設を備えるほか、製薬企業やVC、CVCとのネットワークを有しており、ユニコーン企業も輩出している。アーリーステージの開発をスピード感を持って進めるためには、大規模な資金調達が欠かせない。米ボストンに強固なネットワークを有するLabCentralに拠点を有することは、VCやCVC、メガファーマとつながるチャンスが広がる。スタートアップにとっては成功に向けた第一歩へとつながる可能性を秘めている。
選考に参加したのは、日本で湘南アイパークが主催したピッチイベント「イノベーションタイガー」のファイナリストら9社を含む18社のスタートアップ。
午後から、ハーバードビジネススクールによるアントレプレナーシップ(起業家精神)などについてのワークショップを受講した後に、LabCentralのメンターセッション、そして自社を紹介する30秒間のピッチが披露された。
選考の結果、8社が選ばれたが、名前を呼ばれた日本の企業は、造血幹細胞に注力するセレイドセラピューティクス(Celaid Therapeutics Inc.)1社のみ。日本からの参加者にとって少し悔しさの滲む結果となった。
実は、前哨戦のイノベーションタイガーも1位、2位、4位を韓国スタートアップが獲得するなど上位を独占した。この日のピッチも、ピタリと時間に収め、引き込まれるプレゼンを行う韓国スタートアップの姿は惹きつけられるものがあった。LabCentralのスタッフからは「Perfect!」と声が上がる場面もあり、韓国スタートアップが存在感を増していることを垣間見たように感じた。
◎武田薬品 Arendt・CSO「中国の台頭は明らかに状況を一変させた」
「グローバルでの医薬品売上高トップ100のうち、20製品以上が、日本に関連していることは注目すべきことだ」――。武田薬品のChristopher Arendt・CSOはSHICの最後を飾るシンポジウムでこう切り出した。ただ、日本は急激にアジアで存在感を落としてきているのは事実だ。
転換点は、中国の台頭だ。2000年初頭は日本の創薬力が世界を席巻していた。しかし、バイオ技術を中心に国策として成長する中国企業の存在感はもはや圧倒的と言わざるを得ない。
武田薬品のArendt・CSOは、「中国の台頭は明らかに状況を一変させた。グローバルファーマのパートナーシップのあり方に変化が起きている」と指摘する。中国で世界の臨床試験の30%が実施されており、中国発の医薬品が占める割合は現在の5%から2040年には35%にまで増加するとの分析もあるという。
◎韓国の躍進 リスクテイクを厭わない 強固なアントレプレナーシップ
韓国は、国の支援を背景に、リスクテイクを厭わない強固なアントレプレナーシップに支えられて躍進してきた。研究開発型のビッグファーマが少ない韓国では、ライフサイエンス分野を志すと、欧米に留学するしか成功への道が開けないとの指摘もある。逆説的に言えば、リスクを取らなければ成功への道はないとも言えそうだ。
◎日本の抱える社会的課題 リスクテイクを嫌うカルチャー スピード感が欠如
一方で、日本はリスクテイクを嫌うカルチャーが存在するのも事実だ。現在多くの製薬企業が、米国や中国に目を向け、フェーズ2以降のレイトステージの候補化合物の獲得に注力しているように見える。今回取材するなかで、スタートアップからは、「フェーズ2まで自らの手で育てなければ導出は難しい」との声も聞いた。製薬企業の動向は、そのままスタートアップの意思決定にも直結する。
しかし、中国のスタートアップを例にとってみると、より早期から積極的にVCやCVCと会うアントレプレナーシップがあり、資金調達の機会にもつながっている。これが結果として、日本と中国のスピード感の差を生み、日本のスタートアップが製薬企業に導出や買収するフェーズまで育成できない状況を生んでいる。
SHICで垣間見たスタートアップの姿は、韓国スタートアップに遜色なく、熱い想いを持っているようにも感じられる。しかし、いまの日本の社会にはびこる風潮は、アントレプレナーシップの欠如を招き、悪循環に陥っているようにも見える。
こうした日本の課題を解決するための糸口はどこにあるのか。LabCentralの選考を通過したセレイドセラピューティクスの井上雄介COO & CFOは、「日本のアイパークがSHICのホストをしてくれているのは、日本のスタートアップにとってはかなり後押しになるはず。ボストンに一人で来るよりも周りに援護されてきた方が当然動きやすい。非常に良い機会だ」と話す。
◎日本政府も世界に積極的発信を
SHICの会場には韓国政府関係者の姿もあった。こうした姿を日本政府も参考にすべきではないか。日本政府の具体的な行動によりメッセージを世界に発信することが、民間に安心感をもたらし、次のアクションにもつながる。産官連携でも政府の具体的な行動を示すことが求められているのではないか。政府による、真の意味での伴走支援が求められている。
もう一つ、日本の創薬力を語るうえで欠かせないのが、製薬企業の存在だ。SHICで出会ったMeiji Pharma USA Venture Investmentの高畑祥・Senior Directorは、「最終的には国の支援がなくても、日本のスタートアップに継続的に投資が続くような形に変えていく必要がある」と指摘する。「日本発の有望なスタートアップを米国や海外の投資家、VCに紹介するのも我々ができる活動のひとつと捉えており、そのような形を通じて日本の創薬エコシステムの構築に貢献していきたい」と力を込める。
製薬企業を含めた民間の力も結集した、新たな形での産官連携こそが、日本の創薬力復興の扉を開くカギと言えそうだ。