厚生労働省医政局医薬産業振興・医療情報企画課の水谷忠由課長は本誌取材に応じ、創薬力強化に向けて、「日本のアカデミアにポテンシャルの高いシーズがあるのであれば、それが埋もれてしまわないように官民協働で革新的新薬の創出につなげるために、具体的な取組方策を考えていきたい」と意欲をみせた。エコシステムが発達している米国と比べ、日本では研究開発のアーリー段階の実用化に向けた支援を行う、「インキュベーション機能が未成熟」であると指摘。厚労省として、ファースト・イン・ヒューマン(FIH)施設やバイオ人材育成、治験環境整備に注力するなどして、アーリー段階の機能強化に注力する考えを示した。製薬産業を取り巻く環境変化が大きい中で、「製薬業界の皆様には、この環境変化を機敏に捉えていただき、この流れに沿った形で、積極的に、大胆に動いていただきたい。我々も、そういう業界の皆様と対話しながら、取り組みを進めていきたい」と対話の姿勢を重視することも強調した。(望月英梨)
水谷課長へのインタビュー、一問一答はMonthlyミクス4月号に掲載しています(記事はこちら)
◎日本が創薬エコシステムの中で世界の拠点の一つとなる姿を描く
「我が国が改めて世界の創薬基盤の一つとなることを目指し、質の高い研究を生み出すとともに、これを製品化に結びつけるために必要な環境整備に焦点を当て、検討を進めている。アカデミアやベンチャー、製薬企業等が相互に協力し、スタートアップの立ち上げと成長を支えるエコシステムを構築し、これがグローバルの創薬エコシステムの中での拠点の一つとなる姿を描いている」-。創薬力強化に向けて、日本のエコシステムの姿を水谷課長はこう描く。「武見厚労相は、エコシステムの構築に当たり、日本で完結するというより、人材も資金も国際的な連携を通じ、むしろ日本に呼び込み、研究から開発へ橋渡しをしていく旨を発信されており、そうした発想で議論を進めていきたい」との考えだ。
◎日本はアーリー段階のインキュベーション機能が未成熟
日本の創薬力が低下したと指摘される背景には、モダリティの変化がある。売上上位の新薬の中心が低分子からバイオ、再生・遺伝子治療といった新規モダリティへとシフトし、スタートアップ・アカデミアがこれらの新規モダリティの医薬品の創製を牽引するようになった。水谷課長は、「スタートアップ・アカデミアが大手製薬企業と連携することで、シーズが実用化へと結び付くようになってきた。日本では、こうしたエコシステムがまだ十分に機能しておらず、これが創薬に係る競争力低下につながっているという問題意識で検討が始まったと認識している」と話した。
こうした中で、2023年末に内閣官房の「創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議」(創薬力構想会議)が立ち上げられ、創薬力に焦点を当てた議論も進められている。研究から臨床開発の間に“死の谷”が指摘される中で、「研究の側に焦点を当て、研究から臨床開発への橋渡し機能を強化する。つまり、アカデミア側の視点として、基礎研究への支援を着実に実用化につなげていくことも重要だろう」との見方を示した。
一方で、「ベンチャーキャピタルの支援を研究開発の“アーリー段階”に前倒しすることで、効率的に実用化に結び付けるという視点もあるだろう。日本では、研究開発のアーリー段階で実用化に向けた支援を行うインキュベーション機能が欧米のエコシステムと比べると、未成熟ではないか。特に、様々なプレーヤーと連携して伴走支援を行い、ビジネスの成長を加速させる“アクセラレーター”機能の強化は重要な視点だと感じている」と強調する。
「研究開発のアーリー段階から、様々なプレーヤーが意見交換し、実用化を見据えた形で進まなければ、ポテンシャルの高いシーズであっても結果として実用化に結び付かなくなってしまう。米国では、ベンチャーキャピタルがアーリー段階から目利きをして、資金の提供だけでなく、経験やノウハウを活かして実用化につなげている。日本でアーリー段階でのインキュベーションをどう促していくか、考えていかなければならない」と強調した。
そのうえで、「領域やモダリティを限らず、日本のアカデミアにポテンシャルの高いシーズがあるのであれば、それが埋もれてしまわないように官民協働で革新的新薬の創出につなげるために、具体的な取組方策を考える必要がある。エコシステムに必要な“ヒト・モノ・カネ”についても官民協働で考えていきたい」と強調した。
◎FIH施設やバイオ人材育成、治験環境整備に注力
研究開発のアーリー段階をめぐっては文科省や経産省も支援に取り組んでいる。厚労省としては、「例えば、ファースト・イン・ヒューマン(FIH)試験実施施設を整備していくことや、バイオ製造人材の育成を図っていくことなど、臨床試験の実施に向けた環境整備は我々の仕事だと思っている。FIH試験実施施設については、拠点施設の特徴など位置づけを明確にしていくことも重要ではないか」と指摘。「文科省や経産省もそれぞれの視点からアーリー段階からの支援に取り組んでいるが、厚労省がアーリー段階でのインキュベーション機能について、ワークするシステムをいかに構築していけるのか、文科省や経産省との連携も含めてよく検討していきたい」と話した。
現在、議論を進める創薬力構想会議では骨太方針を見据え、春から夏頃を目途に中間とりまとめを行うことを目指しているが、「創薬力構想会議で大きな方向性をお決めいただき、それを各省庁が政策に落とし込んでいく流れになると理解している。政策手段としては予算措置なども考えられるが、いずれにせよ、関係省庁でどう受け止め、進めていくかだと考えている」と今後を見通した。
◎いま医薬品業界は様々な意味で“動いている” 「環境変化を機敏に捉え、積極的に大胆に行動を」
水谷課長は、「企業の皆様に申し上げたいのは、いま医薬品業界は様々な意味で“動いている”ということだ」と強調。2024年度薬価制度改革では、特許期間中の新薬の売上で研究開発費の回収を行うビジネスモデルへの転換を促進するため、新薬創出等加算の見直しや迅速導入加算が新設された一方で、長期収載品の選定療養も導入されたと説明。「ビジネスモデル転換の旗印の下で行われた制度改革で、大きな流れ、動きがあったと思う」と強調した。「医薬品産業は我が国にとって非常に大切な業界だと思っている。だからこそ、今ならまだ創薬力の強化ができるとして、環境整備に向けて政府を挙げて取り組んでいこうとしている」と力を込めた。
「安定供給の問題に端を発した後発医薬品の産業構造も、国民の生活に直結する大きな課題だ。品質を確保された医薬品が安定的に供給されるという、これまで国民が当たり前だと思っていたことが当たり前でない現実となり、すでに3年が経過した。産業構造のあり方を含め、製薬業界についてこれだけ様々な観点からこれだけ大きな議論が同時に進んでいる状況はこれまでなかったのではないかと思う」との見方を表明。「製薬業界の皆様には、この環境変化を機敏に捉えていただき、この流れに沿った形で、積極的に、大胆に動いていただきたい。我々も、そういう業界の皆様と対話しながら、取り組みを進めていきたい」と強調した。