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【緊急インタビュー】厚労省・林前経済課長 INES案は製薬業界に非常に悪い影響を及ぼしかねない マクロ経済スライド導入に警鐘

公開日時 2021/11/22 04:52
厚生労働省の林俊宏前医政局経済課長(現・子ども家庭局保育課長)は11月19日、本誌インタビューに応じ、新時代戦略研究所(INES)が提案した薬剤費マクロ経済スライドを柱とした提案について、「製薬企業の立場で考えたときに、非常に悪い影響を及ぼしかねない」と警鐘を鳴らした。財務省は11月8日の財政制度等審議会財政制度分科会に、「薬価総額のマクロ経済スライドを導入することも十分考慮に値する」と提案しており、状況は急激に変化している。マクロ経済スライドを導入すれば、長期収載品や後発品だけでなく、「新薬収載の抑制や、新薬の薬価の抑制、市場拡大再算定の強化、調整幅の廃止など、さらに厳しい薬価制度改革を求められることが目に見えている」と指摘する。本誌は、林前経済課長に緊急インタビューを行った。(望月英梨)

インタビューの一問一答は、Monthlyミクス12月号(12月1日発行)に掲載予定です。ミクスOnlineでは文末から、11月22日、23日の2日間、無料で公開します。

◎製薬企業が賛同と捉えられることを問題視 マクロ導入もミクロは廃止できず 

INES新薬イノベーション研究会は今年5月に、マクロ経済スライドを柱とした提案を行った。マクロの考え方として、薬剤費の伸びを中長期の経済成長率(名目GDP成長率)の範囲内に収め、長期収載品や後発医薬品など成熟製品群の薬価を成長上限に引き下げる。一方で、原価計算方式に変わる「薬剤価値」に基づく算定方式を求めたほか、特例拡大再算定を含む市場拡大再算定の廃止を提言している。協賛企業として、ファイザー、MSD、武田薬品、ノバルティス ファーマ、マルホが名を連ねた。なお、INES(朝井淳太代表)は、元ファイザー社長の梅田一郎氏が理事長を務めている。

林課長は、「この提案は製薬企業の立場で見ると、非常に悪い影響を及ぼし得る内容が入っている。INESの協賛企業には医薬品業界、特に一部大手製薬企業が名を連ねている。製薬業界が賛同していると捉えられてしまうことに問題意識を持っている」と指摘する。

INES案では、マクロ経済スライドなどの「マクロ」と薬価制度など「ミクロ」の両面でアプローチすることでイノベーション促進と財政との整合的な薬価制度が実現できると提案している。林課長は、「マクロとミクロのアプローチは別個のアプローチであり、それぞれ独立した話として成り立ち得る。両方のアプローチを同時に行う必然性もないし、マクロな手法が導入されたからといって、ミクロの手法が廃止できるものでもない」と説明。「市場拡大再算定は残ったままで、マクロのアプローチ(薬剤費マクロ経済スライド)だけが導入されるのではないか、懸念している」と強調した。

◎製薬企業にとって「GDPを成長の上限とすることで良いことは何もない」

薬剤費の成長率の上限として、内閣府の中長期試算で用いられるGDP成長率を活用することを提案されている。日本経済の伸びはほぼゼロ成長と見通されているが、INES案では「1.8%(ベースラインケース)」、「3.6%(成長実現ケース)」という数値が用いられており、これが一部外資系企業などに魅力的に映っている面もある。林課長は、「なぜこの数値を用いているのかはわからない」と問題提起したうえで、「実際の経済成長率がどうなるかは、その時になってみないとわからない。実際のGDPは年度ごとに変動が大きく、直近でも2019、20年度はマイナス成長となっている。平均の値を用いたとしても、年度によって薬剤費が大きく変動することになってしまう」と指摘。「当然ながら、マイナス成長もあり得るが、その場合は薬剤費もマイナスとなる」とも述べた。

そのうえで、「GDPはいわば全産業の平均的な値とも考えられる。医薬品産業は、日本経済をリードする産業であるべきだが、それが経済全体の平均の伸びに留めるということもよくわからない。製薬業界にとって、GDPを成長の上限とすることで良いことは何もないだろう」と続けた。運用面でも、「いつの時点のGDPをいつ適用するかなどの課題がある。現実的には政府の中期見通しのGDP値を採用するのは難しいのではないか」と強調した。

◎INES案 財政の論理で「イノベーション評価と基本的に整合性はない」

林課長は、「INES案はあくまで、財政の論理で設計されており、イノベーションを評価するという考え方と基本的に整合性はない。負担を抑えるという意味で財政的なアプローチであるが、医薬品は生命、健康を守るサービス・財の一部だ。医療の一部を構成する薬剤費を経済成長の伸びの範囲内に抑制するということは、救えない命が出てくるということにもつながり得る、非常に危険なアプローチだと思う。極端に言えば、コロナ禍の不況で日本ではこれ以上は薬剤費の負担ができないので、医療保険で負担できないものは貧困層を含めて自費で購入してください、という世界観につながりかねない」と表明。

「必要な医療、支援、サービスを保障するという社会保障の考え方にはそぐわない考えだ。医療保険は病気の患者を治すために必要なコストを国民全体の負担で賄うものであり、本末転倒ではないか。財政当局は、税や保険料の引き上げには消極的のように見えるが、収入も含めた社会保障の一体改革を議論する必要があるのではないか」と続けた。

一方で、経済成長を上回って薬剤費が伸びた際に、薬価を下げる具体的な手法はINES案には記載されていない。「仮に薬剤費が経済成長を上回ったときに、長期収載品を一律3割値引く、というような対応が現実的か、ということだ。財源をねん出する際、結果的には新薬を下げるしか現実的にはない。INES案は、本来目指した方向とは逆行することが現実に起こることになりかねない」と問題意識を表明した。

◎INES案導入で「さらに厳しい薬価制度改革は不可避」 市場拡大再算定強化、調整幅廃止など


最近の医薬品市場全体の傾向として、先発品が伸び、長期収載品が減るという構図になっている。INES案では長期収載品や後発品など成熟製品群の薬価を最長上限に引下げることを提案しているが、林課長は、「最近のGDPのトレンドを踏まえ、ゼロ~1%程度の成長と仮定すると、先発品の成長率をこのまま維持するためには、例えば、3、4年後に長期収載品の売上をゼロにしないといけなくなる。これは、さすがに無理がある」と指摘。長期収載品から後発品への置き換えにタイムラグがあることや、後発品への置き換えが難しい品目が大半を占めており、「長期収載品の引き下げや後発医薬品への置き換え効果も限界に近づいてきている」と述べ、「数年後には、新薬収載の抑制や、新薬の薬価の抑制、市場拡大再算定の強化、調整幅の廃止など、さらに厳しい薬価制度改革を求められることが目に見えている。INES案を導入することで、結果的に、新薬も含めて、こうしたさらなる厳しい改革を迫られることは不可避ではないか」と強調した。

◎市場拡大再算定「制度をファインチューニングする必要がある」

現行の薬価制度についての認識も聞いた。市場拡大再算定については、「適応拡大のディスインセンティブとして働いていることが問題だ。現状は、欧米市場が伸びているから、そこからのリターンで日本での上市が行われているという側面もあるだろう」との見解を表明。「制度をファインチューニングする必要があると考えている。特に、類似薬の市場拡大再算定で薬価が引き下がることについて、どれとどれを類似薬として判断するか、該当企業にとっては予測困難な制度となっている。こうした点は、2022年度薬価改定でも検討課題として俎上に上っていると理解している」と述べた。また、「この問題に限らず、外資系企業からはルールが煩雑で改正が多すぎるという指摘もあるが、その点も大きな課題ではないかと考えている」とした。

後発医薬品については、「現在は、流通の価格設定のなかで、値引き合戦というか、必ずしもコストを意識しない価格競争がなされてしまっているのではないか。品質・安定供給が確保できるだけの最低限の価格を誰も意識しないまま競争してしまうと、必要なコストを割り込んでいる医薬品も多く生じてきてしまう。これが、後発医薬品の薬価の問題だと思っている」との見方を示した。「後発医薬品の薬価も考える必要があるが、INESの提案を踏まえれば、まだ価格が下げられてしまう。日常診療で用いる医薬品の多くが後発医薬品となっているなかで、安定供給や品質は関係なく、置き換えの促進、価格は下げられるだけ下げる、となってしまうと、医療現場への混乱が長期化しかねない」とINES案の課題を指摘した。

調整幅についても、「マクロ経済スライドを入れ、財源がねん出できないときに2%の幅を切り下げるという安直な流れになることを恐れている」と表明。「医療機関や薬局など購入側も、もっと問題意識をもって反論すべき問題のようにも思う」とも述べた。

◎財政当局の医療費にマクロ経済スライド導入の狙いは明らか まずは薬剤費からの思惑

林課長は、「医薬品は民間企業の経済活動で動いており、経済指標に沿った仕組みとすることに、親和性が高く、現に、一部の製薬企業も提案に賛成していることを盾に、まずは薬剤費から医療費のマクロ経済スライドを導入しようとしているのではないか」と指摘。C型肝炎治療薬のDAA(直接作用型抗ウイルス剤)を引き合いに、「真に画期的な新薬のなかには、治癒まで見据えた高い治療効果を示す一方で、医療費が大きく伸びるものがある。近年の医療のイノベーションは、ほぼ医薬品によってもたらされている。こうしたイノベーションは、一方では、予想以上の医療費・薬剤費の伸びという財政上のリスク要因でもあり、財政当局から見たときにコントロールできる手法を導入しないといけないという問題意識をもっているのではないか。今後、認知症など他の疾患でも、C肝や抗がん剤のようなブロックバスターが誕生する可能性もある。マクロ経済スライドを入れておかないと、コントロールできないように見えているのではないか」と強調した。

また、「基本的には承認されると、すべての医薬品が保険収載されることも、財政コントロールの観点から問題意識を抱いている。薬剤費が、財政的に予見性・透明性を確保することができるよう、経済の伸びにあわせて管理する国家予算統制的なマクロ管理手法を導入することにつながる。これは当然、薬剤費だけにとどまらず、医療費、特に技術料にも必ず跳ね、医療費全体にマクロ経済スライドを導入しようという話になるのは明らかではないか」と指摘した。

◎武田元医政局長らの勉強会 「中長期的な視点で薬価制度のあり方議論」に期待も

こうしたなか、元厚労省医政局長の武田俊彦氏と、日本製薬団体連合会(日薬連)の保険薬価研究委員会(薬価研)の元委員長の長野明氏らが、12月1日に「薬価流通政策研究会」を立ち上げる。林課長は、「これまで医薬品業界では薬価制度について、日薬連の薬価研が中心となって対応しているが、基本的には、中医協の議論への対応が中心になっているのが現実ではないか。聞くところによると、勉強会は、中長期的な視点で、薬価制度のあり方について議論する狙いだと言うことである。これをきっかけに様々な議論が起きると良いのではないか」と期待を込めた。

◎製薬業界内部からINES案に反発も 製薬協・岡田会長「賛同しがたい」


製薬業界からもINES案に反発する姿勢が強まっている。日本製薬工業協会(製薬協)の岡田安史会長(エーザイ代表取締役)は本誌取材で、INES案について、「本来社会保障費全体についてしっかり議論される必要がある。政府が国民皆保険とイノベーションの両立の重要性を明確化するなかで、社会保障費のごく一部である薬剤費だけ取り出して、マクロ経済スライドを導入するという議論には、賛同しがたい」と明言。「製薬産業は国民の健康増進と、日本の経済成長を牽引する側面を持っている。GDPを伸ばすのが製薬産業だ。公的保険の中か外か、は別としてキャッピングするということは日本のイノベーションをついばむような懸念がある」と述べた。また、特許品以外を調整弁に使うという発想についても、「製薬産業に身を置く一員として、受け入れがたい」としていた(関連記事、会員限定)。


林課長へのインタビューの一問一答は、11月22日、23日の2日間、無料で公開します。



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