【World Topics】米国内で広がる医療AIの活用 医師の働き方を改善 一方で規制と倫理の課題が迫る
公開日時 2025/09/22 04:52
米医療IT企業Athenahealthは、米国の医師約1000人を対象に仕事の満足度やAIの利用状況に関する調査結果「2025 Physician Sentiment Survey (PSS)」を公表した。調査結果では、「週1回以上、医療職を辞めたいと考える」と答えた医師は28%で、前年の24年から22%減少していた。約3分の2(68%)の医師が、「週1回以上、仕事に行くのを楽しみにしている」と回答しており、職業満足度が改善している様子がうかがえる。(米国発・森永知美)
◎医師の診療体験に前向きな変化
調査では、医療者が患者対応に割ける時間に改善が見られたことに注目している。「十分な時間を使えている」と回答した医師が前年24年の調査での43%から51%に上昇した。一方で、「患者数の多さから質の高いケアができない」と答えた割合は50%から35%に低下した。報告書では、過去数年にわたり深刻な課題とされてきた燃え尽き症候群(バーンアウト)に、若干の改善の兆しが見られる可能性を示しているとしている。
◎診療にAIを利用する医師 68%が臨床文書作成でAI利用が増えたと回答
AIなどデジタルツールの医療現場への急速な浸透と、自身の働き方に対する満足度は決して無関係ではないかもしれない。調査でも、「これらの変化は更なる検証に値する。臨床ワークフローにAIを組み込むことで、事務的な負担の一部を引き受け、結果として医師が患者ケアに割ける時間を増やせる可能性がある」と分析している。従来、診療記録や事務作業は医師にとって大きな負担であり、診察時間外に多くの時間を割かざるを得なかった。診療でAIを利用する医師のうち、68%が臨床文書作成におけるAI利用が増加したと回答したことも、その傾向を裏付ける結果と言えそうだ。
また、医師の31%が医療分野のAI活用による最大の潜在的メリットの一つとして、医師のバーンアウト軽減をあげており、この割合は、AIを導入する医療機関では45%に上った。AIによる自動化や効率化が進み、医療現場における働き方に一定の前向きな変化をもたらしているようだ。
◎文書作成業務を変えるAI 48%が「音声認識による診療メモの自動記録機能」を利点に
特にAIが存在感を増しているのが臨床文書作成の分野だ。診察内容を自動で要約・記録する「ambient note generation」と呼ばれる機能は、現場で安心して使えるAI用途の一つとして、米国を中心に急速に普及している。音声や電子カルテ入力をもとに診療記録を自動生成するこの技術は、医師の記録作業を大幅に削減する。調査結果によると、医師がAIの利点として挙げた最多の回答が、「音声認識による診療メモの自動記録機能」(48%)と「管理業務の効率化」(46%)であった。
◎米国医師会(AMA)が2024年に実施した調査
一方、米国医師会(AMA)が24年に実施した調査によると、AIを診療や事務に活用している医師は23年の38%から24年には66%へと急増した。わずか一年でほぼ倍増するという速さで普及が進んでいる。特に、診療記録、退院サマリー、ケアプラン作成といった文書関連の用途で利用が増えているほか、57%が「AIの最大の機会は事務負担の軽減にある」と回答している。さらに、「AIを活用したツールが患者ケアにどの程度の利点をもたらすと考えるか」という質問に対し、68%が「“明確”または“ある程度”の利点がある」と回答しており、AI導入に対する姿勢も前向きにシフトしている。
実際、24年には35%の医師が「AIは、懸念より期待感の方が大きい」と答えており、23年の30%から上昇した。こうしたデータは、AIが単なる試験導入ではなく、日常の臨床現場に根付き始めていることを示している。
◎スタートアップ企業の動きも活発化 1社で2億5000万ドル調達も
スタートアップ企業の動きも活発化している。例えば、臨床記録自動化を手がけるAbridge社は、25年初頭に2億5000万ドルの資金を調達し、すでに全米で100を超える医療システムに導入されている。こうした事例はAIが医療現場において単なる実験段階を超え、「欠かせない道具」として定着しつつあることを物語っている。
◎増える患者対応のプレッシャー
一方で、PSSでは74%の医師が、「患者からの問い合わせや連絡への対応に追われ、圧倒されている」と回答し、とりわけ68%が患者ポータルからの問い合わせ対応に負担を感じている」と回答した。
近年、患者ポータルやオンライン相談ツールが普及し、患者と医師のやり取りは格段に容易になった。その一方で、「いつでも連絡できる」環境は、医師に新たな負担を生み出しているようだ。
ただし調査結果は同時に、患者ポータルの利便性を評価する声も示している。73%の医師が「患者とのやり取りが患者ポータルによって容易になった」とし、62%が「この方法でのやり取りを好む」と回答している。同様に、61%が「患者ポータルは患者ケア全体の質を向上させる」と考えている。AIやデジタル化は、負担感と同時に利点も実感されていると言える。
◎求められるシステム間の接続性
AIが真価を発揮するためには、正確で十分量のデータが欠かせない。PSSでは、医師の多く(72%)が情報システム間の接続性の改善が診療を簡素化するために不可欠だと考えており、この傾向は専門医よりもプライマリケア医でより強く見られた(69%対79%)。また、9割前後の医師が「システム間の接続性向上は医師の業務体験や患者の治療成果を改善する」と回答している。
一方で、異なる電子カルテ(EHR)間で患者データを円滑にやり取りできると感じている医師は28%にとどまり、依然として課題が大きい。実際、システム間連携の不十分さによりストレスが増していると答えた医師は80%に達しており、データ交換の不備が現場に悪影響を及ぼしていることがうかがえる。
◎世界で急拡大する医療AIと、規制および倫理的な課題
米国に限らず、世界各地で医療AIの導入は進んでいる。調査会社Blue Prismによると、世界の医療AI市場は28年までに1200億ドルを超える規模に成長すると予測されている。特に画像診断支援、患者モニタリング(ウェアラブルやリモートケア)、個別化医療、事務業務の効率化といった領域でAIの活用が進んでおり、「AIは事務作業の軽減に役立つ」と回答した医療機関が83%、「AIにより診断精度が改善した」との回答は79%だった。また世界経済フォーラム(WEF)も、AIが「診断精度の向上」や「予防・早期発見」、「患者モニタリング」、「事務作業の効率化」など、少なくとも7つの領域で医療を変革する可能性があると指摘している。
急速な普及には懸念もある。Blue Prismは、データプライバシーやセキュリティーへの懸念、アルゴリズムに内在するバイアスの問題、さらに導入コストや現場の受け入れ体制の不足を課題として挙げている。加えて、NPJ Digital MedicineやPLOS Digital Healthといった学術誌に掲載された研究では、FDAで承認されるAI搭載医療機器が急増する一方で、規制や安全性確認の体制が十分に追いついていないと指摘されている。具体的には、臨床的有効性や透明性の不足、学習データの偏り、ポストマーケット監視の不備などが問題視されており、誤診につながるリスクも無視できない。
PSSは、AIが医師の心理的・業務的負担を軽減し、医療を「持続可能な職業」へと押し戻す一助になり得ることを示している。しかし同時に、患者対応やデータ共有など新たな課題も突き付けられている。技術が進化すればするほど、制度や倫理、教育といった基盤づくりの重要性は増すだろう。
今後は、医師自身がAIを使いこなせるスキルを磨くと同時に、規制当局や医療機関が安全性・透明性を担保する仕組みを整備する必要がある。AIは万能の解決策ではないが、適切に活用すれば医療現場の負担を和らげ、患者により良いケアを提供する可能性を秘めている。