日薬連・安川会長が所信表明 「“こんな国は嫌だ、変えてくれ”という世論醸成を」 各社は声をあげて
公開日時 2025/05/23 06:30

日本製薬団体連合会(日薬連)の会長に就任したアステラス製薬会長の安川健司氏は5月22日の評議員会で、「現在の社会保障体制を継続するがゆえに、働く世代の負担が増える。その割には最先端の医療が受けられない。“こんな国、こんな社会は嫌だ、変えてくれ”。こういう世論を作らなければいけない」と所信表明した。薬価制度改革のスピードを「我々が期待したものではない」と指摘。これまでの政府や与党などを対象としたロビイングだけでは「必要十分ではない。プラスαの活用が必要」として、「一般市民の世論醸成」が必要だと訴えた。安川会長は居並ぶ日薬連加盟社の経営者を前に、「各社が声を上げれば、色々な形で色々な火種を世間に植えることができる」と述べ、各社に行動を促した。
◎「薬価引下げを縮小均衡手段として制度を維持、うまく機能していないのは明白」
安川会長はヘルスケア産業の現状を3段階にわけて分析。現状は、「残念ながら、2010年代の中期から続く社会保障費の増加分の薬価引き下げによる縮小均衡手段として、昭和時代から延々と続く社会保障体制を維持しようとする政策」との見方を表明。「この政策がうまく機能していないことはすでに明白だ。私のゴールは、改革3.0(国家レベルの産業政策論を策定し、ヘルスケアを成長産業化)のステージまで、社会を持っていくことだ」と述べた。
現行の国民皆保険制度がスタートしてから60年以上が経過するなかで、国民の平均寿命の延伸や疾患構造の変化、科学・医学が進歩、少子高齢化が進むなど人口構造の変化が起きたと説明。「古くからの社会保障制度は制度疲労を起こしており、財政面において特に厳しい状況に直面している。持続可能な社会保障制度の構築に向けた改革が今、まさに求められている。我々に残された時間は大変少ない」と指摘した。
改革の実現に向け、製薬企業、政府、国民をステークホルダーと説明。そのうえで、「(改革の)ステークホルダーの中心である我々の使命は、今までと変わらず、世界のアンメットメディカルニーズを満たすイノベーティブな新薬を継続的に創出すること、そしてエッセンシャルドラッグを含む医薬品の安定供給や迅速なアクセスを確保し、国民の健康を支えること」と主張した。「特に医薬品の安定供給は私たちの大きな社会的使命。加盟団体の皆様には、薬機法改正の柱の1つである安定供給体制の強化に向けて、引き続きご協力をいただきたい」と要請した。
◎「ロビイングは、改革のための必要条件ではあったが、必要十分条件ではなかった」
政府についても重要なステークホルダーとしたうえで、「医薬品産業が外貨獲得産業として、国の経済成長をけん引する国の基幹産業となる可能性があるということを説き続け、実効性のある産業政策論の作成と、安定供給やイノベーションの創出という役割に見合った、日本をそういう外貨を呼び込む、資金を呼び込み続ける、十分に魅力のある薬価制度の構築を訴えていきたい」と述べた。
一方で、「この改革の実現のために、岡田会長も宮島理事長も、そして各社トップの皆様もずっと長い間、いわゆるトップ外交、ロビイングをしてきた」と振り返った。これらの活動が骨太方針への産業界の主張の反映など一定の成果をあげたことは認めたものの、「改革のスピードは当初、我々が期待したものではない。ということは、今までやってきたトップ外交、ロビイングは、改革のための必要条件ではあったが、必要十分条件ではなかったということだ」と表明。「すなわち、我にはプラスαの活動が必要だ」と訴えた。
具体的には、「一般市民の世論醸成が課題」と指摘。「現在の社会保障体制を継続するがゆえに、働く世代の負担が増える。その割には最先端の医療が受けられない。“こんな国、こんな社会は嫌だ、変えてくれ”。こういう世論を作らなければいけない」と述べた。こうした世論醸成のキーワードとして、“サイエンス・コミュニケーション”と“アドボカシー”をあげた。
◎サイエンス・コミュニケーションは「業界で働くすべての者の責任」 専門用語を使わずに説明を
サイエンス・コミュニケーションの重要性について安川会長は、「イノベーティブなものを作りさえすれば社会に自動的に浸透していくだろう、というのは科学者がよく陥る幻想だ。軍需産業でもやっていれば、こんなことは考えなくてもいいが、我々が作ったものが社会実装されてこその成果だ」と説明。「一線の科学者と一般の市民の間の乖離がどんどん大きくなっている。まずは我々が作った、あるいはこれから作り出すイノベーションの価値、社会にどういう影響を与えるものなのか、これをわかっていただかないと、世論の醸成につながらない。我々のイノベーションについて専門用語を使わずに平易な言葉で皆さんに分かっていただく、こういう努力が必要だ」と訴えた。
こうした努力を「怠ったためにイノベーションが社会に浸透しなかった」例として、「原子力発電や遺伝子改変、我々の業界でいえば、子宮頸がんワクチン」をあげた。「解離が大きくなった科学の進歩が恐怖の対象だと捉えられると、本当に我々にとって逆風になってしまう」と指摘した。そのうえで、「サイエンス・コミュニケーションは、一部の社員が担えばいいというものではなく、この業界で働く者すべての責任になる、と認識していただきたい」とも述べた。
◎サイエンス・コミュニケーションもアドボカシーも「本気で取り組む企業はごく少数」
アドボカシーを説明するなかで、安川会長は自身が作成した「現在の社会保障諸問題」の図表を示しながら、「現在の社会保障の複雑な問題がいかにして作り上げられてしまったか、その解決の糸口がどこにあるのか、説明できるか」と日薬連加盟社の経営者に呼びかけた。アステラス製薬ではすでに行ってみたといい、「ほとんどの人間ができなかった」という。「私が色々な部署に行って説明して後でアンケートを取ると薄々知っていたけど、全体像が初めてわかったとか、ジュニアの社員では全く知らないという社員も数十%いた。製薬業界で働いている社員ですらこの状況なので、一般市民がこの問題をどれだけ理解しているか、想像に容易い」と続けた。そのうえで、「色々な立場の市民にこの問題を真剣に考えていただき、彼らから意見が上がってくる。こういう状況を作ってこそ、先ほどの必要条件だったのが、必要十分条件になっていくということ」と述べた。
安川会長は、「サイエンス・コミュニケーションもアドボカシー活動も、残念ながら本気で取り組んでいらっしゃる会社さんは、ごく少数と認識している」との見方を示した。そのうえで、「ここにいらっしゃる各社のビジネスの性質がいろいろ違う。相対するステークホルダーも違う。工場や研究所、いろんな拠点を置いている地域も異なる。各社が声を上げれば、色々な形で色々な火種を世間に植えることができる」と説明。「会社に帰られたら幹部の方々と集まっていただき、自分たちの会社で、まずどんなサイエンス・コミュニケーション活動、アドボカシー活動ができるかを考えていただきたい」と呼びかけた。
◎岡田前会長 与野党伯仲の構造「硬直していた施策、動かす重要なチャンス」
会長を退任したエーザイの岡田安史代表執行役も挨拶した。政局が混迷するなかで、「これからますます業界活動の舵取りが難しくなると思う。一方で与野党伯仲の構造の中で、硬直していた施策や、手をつけられなかった政策課題について議論を動かす非常に重要なチャンスではないか」との見方を表明。「安川新会長の強力なリーダーシップの下で、薬価制度の改革、医薬品の供給不安の抜本的解決に向けた活動が大きく前進することを、心より期待している」とエールを送った。
岡田前会長は製薬協会長時代から終始一貫して、革新的新薬、長期収載品、後発品と医療上必要な基礎的医薬品の3カテゴリーにわけ、役割や特性に応じた薬価制度を構築することを訴えてきた。結果として24年度の薬価制度改革では新薬創出等加算の見直しや迅速導入加算の新設などイノベーション評価がなされた。また、25年度薬価改定については、カテゴリーに応じて係数を適用して対象範囲が決められた。岡田前会長は、「乖離の大きい品目を対象とするということで導入された21年の中間年改定の思想を根本から覆すものだ」と説明。「26年度は、今回のカテゴリー別の係数をカテゴリー別の薬価制度の構築に落とし込んでいく、勝負の年になる」と述べた。
また、安定供給問題にも触れ、「昨年実施された自主点検では、多くの品目で承認書との齟齬が見つかるなど、産業側の取り組みもまだまだ道半ば。綱を引き締めないといけないと感じている」と述べた。
◎副会長に武田薬品・宮柱氏、中外製薬の奥田氏、塩野義製薬の澤田氏
評議員会に先だち行われた臨時理事会では、副会長に武田薬品の宮柱明日香・ジャパンファーマビジネスユニットプレシデント、中外製薬の奥田修代表取締役社長、塩野義製薬の澤田拓子取締役副会長が就くことが承認された。新体制は、2027年5月まで。宮島俊彦理事長が再任された。任期は1年間。任期を延長する場合には、評議委員会の承認を経て1年ごとの延長となる。