北大・豊嶋教授 CAR-T細胞療法「いろいろな矛盾点が噴き出している」 大学病院の不採算解消で支援を
公開日時 2025/07/18 04:52

CAR-T細胞療法は、患者自身のT細胞を採取後、がん細胞を認識して攻撃するようにT細胞の遺伝子を改変し、患者に再び投与する治療法で、一度の投与により根治を目指すことができる。すでに白血病やリンパ腫、骨髄腫の治療法として実用化され、日本国内でも年間1000人超の血液がん患者がCAR-T細胞療法の恩恵を受けている。一方で、CAR-T細胞療法は採取した細胞の保管・管理、専門スタッフの確保が必須となる中で、現行の診療報酬点数ではこれらをカバーしきれず、病院の持ち出しで不採算に陥るなど、高度機能を担う大学病院の経営を直撃している。昨今の賃金・物価上昇に伴う病院経営の悪化と相まって、国への支援を求める声が高まっている。本誌は、北海道大学医学研究院血液内科の豊嶋崇徳教授にCAR-T細胞療法の臨床的価値と医療現場の抱える課題について見解を聞いた。
◎CAR-T細胞療法は医療上の必要性の高い治療 「医療にとっての“維新”に相当するもの」
「CAR-T細胞療法は、患者さん自身の細胞を加工して、がんに戦う武器にするっていうものだ。なかなか救えなかった患者さんに救える治療方法を我々は得ることができた。これは、まさに医療にとっての“維新”に相当するもの。大きな変革と言える」-。豊嶋教授は熱く語る。
日本では2019年3月に初めてCAR-T細胞療法が承認された。白血病やリンパ腫を治療するCAR-T細胞療法の製品として、キムリア、イエスカルタ、ブレヤンジ、アベクマ、カービクティが承認されている。一方で、CAR-T細胞療法を実施できる医療施設は、大学病院など特定機能病院や地方がんセンターなど全国80施設以上に拡大した。これに伴いCAR-T細胞療法の市場規模も、2024年の200億円が、2030年には390億円へと6年間で2倍近く拡大するとの推計(富士経済)もある。医療・製薬関係者のみならず医療経済学者からも注目を集めている。
血液がんの患者にとって、たった一度の投与で根治を目指せるCAR-T細胞療法は、従来の治療方法に比べて長期の入院治療や介護費用を大幅に軽減することができる。さらに、患者の社会・経済活動への復帰を支援するという意味では、患者家族に対しても、「社会的価値に加えて大きな便益をもたらすもの」と豊嶋教授は語ってくれた。
◎実態は「医療者の自己犠牲のもとに治療を行っているというのが現状」と警鐘
そのCAR-T細胞療法だが、「いろいろな矛盾点が噴き出してきている」と豊嶋教授は警鐘を鳴らす。
「いまの現状をはっきり言うと、医療者の自己犠牲のもとに治療を行っているというのが現状だ」と豊嶋教授は指摘する。「病院もいろんな準備が要る。細胞治療を行うためにいろんな機器や設備、スタッフが必要だ。それに対して現在の診療報酬は高度で複雑なプロセスを十分に保険償還できるための診療報酬や薬価が整備されていない」と語り、病院経営の観点で言えば、「十分な収益が得られる見込みに乏しい状況にある」と明かしてくれた。
豊嶋教授は、「2019年にCAR-T細胞療法が細々スタートして4~5年が過ぎた、まだ歴史も浅く、今まで体制がなかったのはよく理解できるが、実施件数が年間1000例超にまで拡大した実態を踏まえれば、そろそろ何かしら病院の体制を整備するための支援、資金とかが必要になる」と強調。国への支援を求める考えを表明する。
◎疲弊する地方の病院 地域の患者を引き受けないといけない大学病院の“矛盾”

一方で、地域医療の視点からみた課題にも言及。「地方の病院が疲弊してしまって、地方であっても都市部の病院が患者を受けざるを得ない状況となっている。地方の大学病院にとっては、CAR-T細胞療法などの高度医療をしっかり提供しながら、疲弊する地方の患者も引き受けないといけないという“矛盾が起きている”」と地域医療が抱える問題点にも触れた。
国立大学病院長会議が7月9日に公表した「42大学病院の24年度経常損益マイナス285億円」となり、各大学病院ともに事業継続の危機を訴える状況にある。豊嶋教授は、「高度医療を実施するための十分な予算づけもされていない状況。ご存知のように診療報酬が全くカバーしていない。国立大学病院も経営が赤字だと言っているが、結局人件費や資材費が高騰する一方で診療報酬が上がっていないから、赤字になるのは当然だ」と述べ、国に対し支援を求める考えを強調した。
◎CAR-T細胞療法を通じてアジア各国との連携体制構築へ エコシステム確立に意欲
一方で、豊嶋教授は、CAR-T細胞療法を通じて、アジア各国との連携体制を構築したい考えを強調した。「アジアの国々もCAR-T細胞療法に注目しており、導入しようとしている。欧米のCAR-Tは高いので、向こうの医療経済上、一般化が難しいのです。それで自分たちで作ろうと努力している」と話す。続けて、「そういう人たちが日本に習いに行きたいという話を聞く機会が増えている。日本はそういう新しい技術のための基盤作りや人材育成などこれまで考えてこなかった」と振り返りながら、「“医療維新”として研究者を教育・連携することでアジアとのネットワークを構築し、日本がアジアのハブになり、新たな産業の創出ができる。アジアは莫大な人口を持っているのでプラスのメリットもある」と述べ、再生医療を通じた持続可能なエコシステムの確立に挑戦する考えを明かしてくれた。